二

 そのまま夜はバイゼルで過ごし、翌朝三人と別れ、デュラン達はブースカブーに乗って旅立った。船よりも天候や海の影響を受けやすく、場合によっては足止めを食うのではと思われたが、幸いこの日は天気が良く波も穏やかで、甲羅の上でも十分過ごしやすかった。朝焼けが目にも涼しく、これなら一息でウィンテッドまで辿り着けそうである。しかしながら、デュランは遠ざかるマイアの町を眺めやり、浮かない気分でいた。
「アルテナの本拠地かぁ……どうも気が進まねえな」
 つい落とした傍白を、アンジェラが拾った。デュランの足元で、膝を伸ばして座っているのが、見上げて来る。
「雪原を魔導兵がうろうろしてるから、気をつけてね」
「うげ、またアルテナ兵かよ」
 顰蹙したデュランに、彼女は首を振った。
「アルテナ兵じゃなくて、とんがり帽子のアレだよ。フォルセナ城に召喚されてたやつ」
 魔導兵と言うのは、フォルセナ城内にもうろついていた、とんがり帽子にローブを纏った人型の魔法生物を指していた。あれは元来、零下の雪原で人々を助けるべく、道案内をしたり魔物を追い払ったりする用途の傀儡であるらしい。ごく単純な行動しか仕込む事は出来ないから、敵に回しても大した脅威にはならないが、魔法が使える分厄介なのだった。何にせよ、デュランにとって嫌なものは嫌で、口を尖らせる。
「そんなもんが何で襲ってくるんだよ? 町の人間もオレ達も、区別なんかつかないだろうに」
「たぶん、私がいるせいじゃないかな……。魔導兵にも、まっ殺命令が出されてるんだと思う」
「そういう事か。……ふん、つくづく、アルテナってのはロクでもねえ国だぜ!」
 デュランが拳を叩いて毒突けば、アンジェラが目を伏せた。
「ごめんね」
 と、下からしょんぼりと謝られた。別に言い返されるのを期待したわけでも無いが、ちょっかいが空振りしたような気になり、デュランは続ける言葉に戸惑った。大地の裂け目で見たように、己の都合で仲間を巻き込んでしまう事に対し、アンジェラが引け目を感じているのは確かである。殺され掛けて国を追われた彼女が、むざむざアルテナに向かう胸中を思うと、同情の念が湧いた。
「……お前も、とんだ災難だよな。ひさしぶりの故郷だってのに、帰るに帰れないわけだし」
「平気だよ。帰れないのは、デュランも一緒だから」
「オレは好きで誓っているんだから、構わないさ」
 ブースカブーが緩やかに旋回した。慣性に引っ張られ、二人して甲羅に生えた旗へと凭れる。アンジェラは見上げるのを止め、西の山際へと目を移した。
「……はやく、帰れるといいね」
「ああ、お互いな」
 この少女とは長い間一緒にいるが、他愛も無い事に口喧嘩したり、笑ったりするのが日常茶飯事で、こうしんみりと話をするのは、考えてみれば初めてのようだった。別につられて寂しくなったわけでは無いと、デュランは心癖の意地っ張りが出てしまい、アンジェラから目を逸らす。したら、ふと、自分が寄り掛かっている支柱のようなものが気に留まり、拳で小突いてみた。金属めいた冴えた音が返り、ブースカブーの頭の方から、喇叭のような間抜けな鳴き声がした。前方のシャルロットはきゃらきゃら黄色い声を上げたが、二人の方は呆気に取られ、目を丸くした。
「何だ今の?」
「ヘンなの!」
 アンジェラはちょっと笑った。バイゼルを出てから久々に見た表情だった。宣戦布告の通り、単に大人しい振りをしているだけならば良いのだが、目的地が場所なだけに判然せず、デュランはどうも調子が狂うのだった。ブースカブーはゆったりと足をばたつかせ、時折水の飛沫が飛んで涼やかである。水平線は何処までも続いており、西に青く霞むミスト山脈が、僅かながらも動いていなければ、茫洋たる海に取り残されたような気分になりそうだった。シャルロットは珍獣の頭に座って、脳天に生えた鰭に掴まり、悠々と先陣を切っていた。亀を相手に何やら話をしているが、ウィンテッド大陸に行けと頼んだらその通り北へ向かっているから、どうやら言葉は通じていそうである。しかしデュランは未だにこの珍獣を理解出来そうに無かった。平生決して人に寄り付かないと英雄王が言ったのだ。一往、ブースカブーは大陸沿いを航行し、なるべく陸地が見えるように計らっており、それなりに気を遣ってくれているようである。フェアリーがいるお陰なのだろうが、そうで無ければ海へ放り出されているかも知れないと思うと、ちょっと背筋が寒くなった。
「ねえねえ、アンジェラしゃん」
 と、シャルロットがアンジェラを手招きして呼んだ。声を掛けられた方は、そばへ行き、甲羅の縁に座って応じる。
「どうしたの?」
「いるかしゃんとか、くじらしゃんとか、みえまちぇんか?」
「イルカはもっと、あったかい海にすんでるみたいよ。クジラは、もしかしたら見えるかもね」
「ほんと?」
 大きな目を輝かせ、シャルロットが周囲をきょろきょろと見回した。
「くじらしゃん、みつけまちょ! シャルロット、まえみてるから、あんたしゃんうしろみてて」
「うん、いいよ」
 アンジェラは欣然と請け負い、見返りざまに後方の様子を窺い始めた。シャルロットも前方に目を凝らし、最初は黙々と見張りに勤しんでいたものの、あっと言う間に飽きてしまい、その内ブースカブーの甲羅の枚数を数え出した。アンジェラから、木の年輪と同じく、亀の甲羅も輪っかの数で年齢が分かると教えられれば、今度はそちらを数えに掛かり、ついには細か過ぎるせいで投げ出してしまった。結果、ブースカブーの甲羅は少なくとも二十枚程度組み合わさってい、十年以上は生きているとしか判明しなかった。フレイルの柄を海に浸け、それが水を切って行く様を楽しんでいたシャルロットが、蒼々と暗い海面を覗き込む。
「ところで、じめんのうえにはもんすたーがいて、どーしてうみのなかには、もんすたー、いないんでちか?」
「そのために傭兵がいるんだぜ。海の魔物をおっぱらうのも、仕事のうちだ」
 デュランが答えると、彼女は顧みて、重ねて問うた。
「おふねのうえでも、おしごとするんでちか?」
「オレはやった事ないけどさ。……でも、モンスターに船ごと沈められちまったらオシマイだよな。どうすんだろ?」
 矢庭にシャルロットが眉を曇らせ、頭の鰭にしがみ付いた。片手を精一杯伸ばし、甲羅によじ登る。そうしてアンジェラの隣に身を寄せ、腰から伸びるひらひらした布を掴んで離さなくなった。
「……シャルロット、ちょっとこわくなってきちゃった……」
 アンジェラは苦笑して、彼女の引っくり返った帽子を整えた。
「だいじょうぶよ。カメちゃんかしこそうだし、魔物はよけて泳いでくれるわ」
「くじらしゃんに、たべられちゃったら、こわいでち……」
「デュランが何とかしてくれるから、怖くないよ。安心しなさい」
 いつもであれば、アンジェラが此処ぞとばかり脅かしに掛かり、けらけら笑うのをシャルロットがむくれて非難する所だが、本日はどちらも温順なものである。地に足が着かないのが嫌で、デュランは早く雪原に到着して欲しくなってしまった。
 フォルセナが温暖な気候であるのは、ウィンテッドから流れ込む寒気をミスト山脈が遮っているからで、海上を北側へ寄るにつれ、見る間に大気が冷え込んで来る。予め装備は整えてあったが、それでも寒いものは寒い。白い息をつく三人に、フェアリーが防寒のおまじないを掛けてくれるも、長くは持たず、何度も掛け直す羽目になってしまい、結局到着するまでに凍える思いをする事になった。ブースカブーは気を利かせたつもりか、足を速めて勢い良く水を掻き始めたのだが、それがまた飛沫を上げ風を切って寒々しかった。
 シャルロットは雪と言うものを初めて目にする。デュランも終ぞ見た事が無く、アンジェラも常春の領内で生まれ育った故に、エルランドに上陸した後、小さな少女が歓声を上げて遊び出したのを、止めるどころか協力しに掛かった。見た感じは綿のようにふわふわとしていそうなのに、触れると砕いた硝子のようにざらついて、痛いほどの冷たさを孕んでいる。時期柄暖かく、さして降りもしないらしいが、道外れには膝まで埋もれるくらいに雪が積もっていた。そうして楽しんでいたら、ついにフェアリーから剣突を食らってしまった。三人は渋々酒場に入り、軽く情報収集を行ってから、マナストーンの在処に向かって出発した。零下の雪原に着き、魔物達を相手にし始めれば、娘達も猫を被る余裕は無くなったようで、普段通りに応対した。しかして黒い騎士に遭遇し、マナストーンを発見し、見事クラスチェンジも果たして、一同滞り無く帰路に就いたのだった。
 雪原には針葉樹が林立する上、山の勾配や細く入り組んだ海岸線によって、広さの割に見通しが悪い。其処に持って来て、足元の雪に動きを掣肘されるのだった。粉っぽい雪は踏ん張りが利かないし、凍った地面は靴が滑ってどうにもならない。極め付けに、魔物達も一筋縄では行かぬ手合いばかりだった。此処にはポトという魔物が生息する。眠たげな目にぬるりとした皮膚を持つ、両生類に見えなくも無いそれは、厄介な事に回復魔法を唱えるのだった。火山島で苦労させられた記憶も新しく、見付け次第デュランが真っ先に斬り掛かり、怯ませた隙にアンジェラの魔法で切り刻んで始末し、行動の暇を与えぬよう努める。そうしてポトばかりに注力し、他を疎かにしたのが不味かった。
 デュランはポトの首を落とし、液状に溶け行くのを確認してから、仲間達の援護に掛かった。シャルロットは木陰にて詠唱中、海岸でアンジェラがサハギンに難儀している事から、そちらに向かう。そして雪を蹴った瞬間、視界の隅に立木が煌めくのが見えた。しまったと踵を返した時には遅く、氷の礫がシャルロットの頭を強か打った。小さな体が雪に倒れ込んだ。一瞬息が詰まり、デュランは足を止めたが、仇を討つべく猛然と走った。枝葉のあわいに突っ込んで行き、逃げようとするウィザードを蹴倒して樹に叩き付け、背中を剣で串刺しにした。そのまま思う様抉ってやろうと思ったが、魔導師は呆気無く雲散霧消してしまった。後には帽子だけが残った。デュランは舌打ちして剣を抜き、体の雪を払い落とした。
 そちらを相手している内、アンジェラが石突きでサハギンを斬り捨て、シャルロットの元へ先んじて駆け寄った。漸く起き上がり、何だかきょとんとした表情を浮かべる少女から、帽子を脱がそうと及び掛けるも、本人によって阻止された。
「ぼうしとっちゃやー!」
 と、シャルロットが頭を強く押さえつけたので、アンジェラが慌てて制止する。
「だって、あんた、血が出てるのよ!」
「えっ、うそ!?」
 シャルロットは後頭部を手で押さえ、掌にへばり付いた血のまだらを見た途端、貧血を起こして倒れそうになった。デュランが支えて立て直すが、骨が抜けたようによろめいて安定しない。桃色の帽子がじわじわと朱に染まり、見ている方も気が遠くなりそうだった。咄嗟に血を止めようと、色の濃い所を手で押さえたら、シャルロットが涙声を上げ、慌てて離した。
「いたいよう……」
「しっかりしろ、傷は浅いぞ!」
 冷たい地面へ倒れてしまわないよう、自分の体へ凭れさせる。アンジェラも気が動転し、座り込んでひたすら荷物を漁っていた。
「どうしよう、ポトの油で治るかなあ?」
「魔法があるじゃねえか。シャルロット、できるか?」
「むり」
 僅かに首が振られた。デュランが治療出来れば良いのだが、いかんせん新米ナイトには為す術も無い。ひとまず痛いのは我慢して貰い、患部に布を押し当てて止血した。暫く安静にすると、少しは気分がましになったらしい。シャルロットは青い顔のまま、喘ぎ喘ぎ光の精霊を呼び付けた。光が雪に反射し、一同眩しさに目を細める。
「シャルロットさん、お気をたしかに。そんぐらい大した事ないっスよ」
 ウィスプは気楽に頭上を跳ね回り、シャルロットに光の雫を降らせてやった。精霊が去って眩さが収まると、心持ち血色は良くなったものの、傷の具合は判断付かず、他の二人はおろおろしながら打ち守る。ややあって、シャルロットがデュランを押し退けるように立ち上がり、袖で涙を拭った。
「だいじょうぶか?」
 また倒れてしまわないかと、デュランは彼女に手を添えた。
「うん」
 頷きながら、後ろ頭を撫で、血で凍った毛の束をほぐそうとする。アンジェラが怖々手を伸べ、慎重に塊を取ってやった。シャルロットは目元を赤くしたまま、照れくさそうに少し笑った。
「……あたまって、ちょっときれちゃっただけでも、ちがいっぱいでるんでち。いやはや、おどれーた」
「他にもケガしてないでしょうね? ちょっと、見せてごらんなさい」
 そう言って、アンジェラが体中を触り始めたもので、シャルロットはこそばゆさに堪らず逃げ出した。アンジェラから距離を取り、汚れた手を雪で洗ってから、事も無げに歩き出す。背中がいつも以上に頼り無かった。
「ふらついてるじゃない。ちょっと、休憩してからにしましょうよ」
「だいじょうぶでち」
 シャルロットは振り返らずに答えた。
「ちんたらしてたら、もんすたーのかっこうのえじきになりまちよ」
「だけど、そんなじゃ戦えねえだろ。何だったら、おぶってやるぞ」
 デュランが追い掛けようとすると、彼女は歩度を速めた。
「けっこうでち。シャルロット、コドモじゃありまちぇんので」
 そうこうしている内、シャルロットはどんどん先を行ってしまい、残りの二人も手早く荷物を纏め、後を追った。仕事柄、流血沙汰には慣れっこのデュランだが、小さい子供の負傷となると痛々しくて勘弁ならない。昨夜ホークアイの指摘した懸念を思い出し、力不足を痛感した。
 南の海岸線を抜け、再び樹木の多い辺りを通り掛かった。人の通るべき道の他は、降雪や樹上から落ちた雪が積み重なり、踏み込もうものなら膝上まで埋まってしまう。未だ手が汚れているらしいシャルロットは、雪の厚い所で洗おうと、やや道を逸れて木立のそばを歩き始めた。アンジェラが見咎めて、声を掛ける。
「シャルロット、危ないよ」
「でも、おてて、かぴかぴなんでち」
 シャルロットは早く済ませてしまおうと、一旦武器を仕舞い、袖を捲って雪に手を突っ込んだ。その傍らで、真っ白な塊が盛り上がったと思えば、青い頭が飛び出した。ぱっくんトカゲだった。シャルロットが武器を構える間も無く、舌を伸ばして呑まれてしまう。食われたと思った途端、忽ち吐き出され、彼女は林に投げ付けられた。弾みで枝から雪が落ち、体がすっかり埋もれた。デュランはそちらに駆け出すついで、敵の数を確認した。左翼の水辺にサハギン一体、前方川向こうに詠唱中のウィザード一体。めくわしてアンジェラにサハギンを任せ、左右に分かれて走った。とかげがシャルロットを叩きに向かうも、雪に体を取られてもがいている。デュランは魔導兵にダーツを投げて牽制し、起き上がろうとするシャルロットに命令した。
「伏せてろ!」
 帽子が再び雪に埋もれた。集中に欠いたダイヤミサイルは標的を逸らし、木肌ととかげの頭にぶつかった。とばっちりを剣で弾き、デュランも深雪へ踏み込む。魔法の盾にしようと、とかげの襟巻を掴んだら、尻尾で横っ面を叩かれた。そのまま敵には逃げられたが、構わずシャルロットの元へ膝を着く。粉雪ごと掬うように拾い上げ、左の肩に乗せて担いだ。下ろす暇は無い。
「援護、頼む!」
 言うなりデュランは駆け出した。深雪を大股で抜け出し、川を飛び越え、滑り込んだ勢いウィザードの首を跳ねるも、帽子が飛んだきり逃げられてしまう。核を討たねば手応えが無い。追従して走った。
「デュランしゃん、とかげ!」
 シャルロットが背中をはたいた。と同時に、追いすがるぱっくんトカゲが舌を伸ばし、足に巻き付いて掣肘して来た。つんのめった所をどうにか踏み止まる。シャルロットがコインを投げ付け、拘束が解けたデュランは振り向きざまにとかげの頭を突き刺した。息の根を確認しも敢えず、返す刀で魔導師を追う。ウィザードは木立に身を潜め、再び魔法を唱えに掛かっていた。其処へアンジェラが駆けて行き、手を伸ばしたかと思えば、詠唱中のウィザードへ叩き付けた。集束したマナを掠め取り、旋風の力に変えて、敵を内から切り刻む。そうしてウィザードにかまけていた彼女は、後方のサハギンに気付いておらず、すんでの所でデュランが庇ってやった。突き出した銛を剣で弾くも、太刀筋が甘く、逸らされた切っ先が肘に突き刺さった。三つ又の銛が深々食い込んだ。そのまま武器が引き抜けずに、サハギンが一瞬怯んだ隙を逃さず、アンジェラがイビルゲートで背後から吸い込んでしまった。折しもシャルロットは、肩の上でコインを投げ続け、デュランの仕留め損ねたとかげに止めを刺した。それで最後の一匹も始末が付いたのだった。
 デュランはちょっとよろめいたが、一歩踏み出してどうにか堪えた。雪に赤い粒が落ちる。アンジェラが思わず傷に触れようとしたが、すんでの所で手を引っ込めた。
「デュラン、だいじょうぶ!?」
「何ともねえや!」
 内心とんでも無く痛かったが、切実に眉を顰めたアンジェラの手前、精一杯の痩せ我慢で答えた。じくじくと拍動痛がする傷口を、氷の術で冷やして貰う。反対の腕に担がれたシャルロットは、哨戒に夢中で気付いておらず、デュランの背中をそっと叩いた。
「デュランしゃん。てきしゃん、もうみえまちぇんよ」
「ああ。こっちも片付いたぜ」
「……でちたらね。たすけてくれたのは、とってもうれしいんでちけど、そろそろおろしてくれまちぇんかね?」
「わり」
 少し屈んで下ろしてやると、彼女は腕に突き刺さった長物に息を呑み、その場にへたり込んだ。座った足元に朱色の滲みを見付け、あたふたと後ずさる。
「……なっ、なにごと!?」
「ちょっとドジっちまってさ。治してくれるか」
 驚かせぬよう、全く平気な風で腕を出したら、丁度柄の先をシャルロットに突き付ける形になり、ますます脅かしてしまった。三つ又に分かれた刃の内、一つは籠手にぶつかりひしゃげているが、残りの二本は肩の方まで貫通していた。見た目は派手だが、アンジェラが血を止めてくれたお陰で、さして痛みは感じない。呆然としたシャルロットが、はたと心付き、弾みを付けて立ち上がった。
「それ、じぶんではずせまちか?」
「……シャルロット、やってくれよ」
 試しに頼んでみたら、シャルロットが大きく後ずさった。
「シャ、シャルロット、できまちぇん……」
「だよなあ……自分でやるしかねえか」
 治療に当たり、大いに気が進まないものの、まず得物を抜かない事には手の施しようも無い。シャルロットが術を待ち構える中、デュランは極力目を逸らしながら、柄の部分をむんずと掴み、一思いに引き抜いた。刃先が骨と筋を掠める感触がし、ついで血なのだか癒しの光なのだか分からんような、生温いものが腕を伝った。これが此処まで刺さったのかと、刃に付いた血糊の深さに慄きながら、恐々傷口を見やれば、その時には綺麗さっぱり完治しており、アンジェラが血の痕を拭ってくれていた。引き抜いた時の感覚がまだ残っており、背筋に悪寒が走る。この気分の悪さで、良くもさっきのシャルロットは自分で治せたものだった。
「うえー、こんなの二度とゴメンだぜ」
 元気になったデュランは、軽い調子で銛を放り捨てたが、仲間達は依然しょんぼりとしていた。
「ごめんね。かばってくれてありがとう」
「ごめんちゃい。シャルロット、おにもつでちた……」
「気にすんなよ」
 頭を下げた二人とも、それぞれ大した怪我は無いようだった。心配させるのは気が咎めるものの、デュランにとってはこの方が良い。痛い目を見るのは自分だけで十分だった。
「シャルロット。悪いけど、私の手も治してくれる? ヤケドしちゃったみたい」
 アンジェラは右手を握ったり開いたりしながら、反対の手でシャルロットを手招きした。
「ほいさっさ!」
 濃密なマナと言うのは触れると火傷するものらしい。アンジェラは手の負傷と、サハギンにやられた切り傷を癒して貰い、デュランもとかげに張られた頬の治療を頼んだ。鱗で削られて結構痛いのだった。シャルロットの方は、投げられた際にちょっと体を打ったものの、雪が緩衝材代わりになったらしく無事だった。治療が済むと、三人は草臥れた体を押して、雪原をとんぼ帰りに進んだ。魔導兵は町まで深追いして来ない。土着の魔物のみ警戒して払えば、エルランドに入ってそれで一段落であった。
 そもそもの失敗は、ルク惜しさに武器の新調を控えた事に起因した。デュランとアンジェラが二人揃って、とかげとサハギンを倒し損ねたのはそのせいだった。それで道具を余分に使うのでは元も子も無く、拠無く全員が装備を整えねばならなかった。ついで、今し方の件に依り、デュランは盾の必要性に思い当たった。多少の魔法ならばそれで弾いて事が足り、逐一避けて回らずとも済むようになるし、仲間を庇うにも堅実な手段が取れる。路銀は乏しいが、相談したら他の二人も同意してくれ、エルランドの店屋で大振りの盾を手に入れる次第となった。慣れないし少々重いが、シャルロットを担ぐよりはずっと楽だと、そう本人へ軽口を叩いたら、何と素直に頷かれてしまい、彼は本日何度目かの空振りを味わった。