その一座は、人数を増やしたり減らしたりして、ニューロードを行き交い自由に興行していた。と言うのもバーバラが奔放な人で、たとえ相手が芸に関係無い全くの素人であったとしても、一人旅と見ればすぐさま声を掛けてしまうせいである。今は幼いタラール族と、シェリルと名乗る女性を連れていた。
 シェリルは少し変わった事情を持っており、何でもエロールという名前を探したく、同行させて欲しいと頼んで来たのだった。それと言えば神の御名で、恐れ多くてそんな名付けをする者がマルディアスにいるとも思えない。それでは神様を探しているのかと聞くと、良く分からないと答える。ただエロールの一言だけが手掛かりで、それが人間なのか物なのか、はたまた形を持っているのか、一切彼女には覚えが無いのだった。
 とっぷり日も暮れ、皆焚き火にぬくまりながら、今日の終わりを過ごしていた。二つの鍋には、バーバラとエルマンが飲む珈琲と、子供達が飲む牛乳が温められている。作るのはナタリーの仕事である。お下げを揺らし、綺麗な声で鼻歌を歌いながら、ちょこまかと良く働いた。
「シェリルさんはどっちが良い?」
 珈琲かミルクか、ナタリーが尋ねると、シェリルは控えめに申し出た。
「ミルクを」
「わかった。ちょっと待ってて」
 そう言って、慣れた調子で牛乳をマグに注ぐ。シェリルは礼を言い、ゆったりした所作で受け取った。其処にナタリーが手を伸ばし、マグに砂糖のかけらを落としてやった。バーバラに珈琲を、アイシャにミルクと砂糖、そうして全員に渡し終えると、彼女はもう一杯珈琲を作ろうと取り掛かる。此処にいない人物の飲み物であるが、バーバラによって引き止められた。
「あたしが持って行くから良いよ」
「エルマン、何してるの?」
 と、ナタリーが聞く。
「調べ物だってさ」
「そう。分かった」
 ナタリーは頷くと、自分のミルクを拵え、それを持ってアイシャの隣に座った。年が近いためか、二人は良く気が合うのだった。
 最近の話題は専ら新入りについてだった。シェリルの不可思議は、探し物エロールだけで無く、いつの頃からか記憶が無いこと、此処何十年と全く容姿が変わっていないことがあった。滞在するあちこちに事件が起きるのもあって、各地を転々としながら、目立たぬような仕事で糊口を凌いでいるのだ。娘達は彼女の不運を労ったが、不老に対しては驚きもしなかった。アイシャが人間で無いことに触れ、私はニーサから生まれた種族だけれど、あなたはきっと別の神から生まれた寿命の長い種族なのでしょう、そうやって結論付けていた。お陰でシェリルも仲間に馴染みやすくなったようである。それで、少女達は指輪に興味を示した。大粒のダイヤモンドが、炎に照らされてルビーのように赤く染まる。綺麗だと褒められ、シェリルは思い出したように指輪を一瞥した。特に大切にする様子も無く、まるで自身の一部の如く、此処にあって当前と見なしていた。
「その指輪は、誰かに貰ったの?」
 アイシャは美しさと言うよりも、指輪に秘められた謎に興味を示し、シェリルのことを不思議そうに見ていた。
「いえ……」
 と、シェリルが首を振る。
「気がついた時には、ずっとここにありました。……なぜか、外してはいけないような気がして」
「何でだろう? ちょっとだけ、見せて」
 アイシャがそばへ寄った。シェリルの差し出した、華奢な右手を取り、矯めつ眇めつ指輪を見ようとした拍子、するりと抜けそうになった。危ういところで、バーバラが二人の手を包み込んで、どうにか事無きを得た。
「若さの秘訣はこの指輪かもね。外したら、いきなりお婆さんになったりしてさ」
 彼女がおどけてみせると、アイシャがあわてふためいて、指輪に触らないよう、両手を背中に回した。シェリルが微かに笑う。
「それは困りますね」
 シェリルを評すると、クローディアに似ている、というのが皆の見解だった。同時に、彼女らには何処か決定的な間隔があるとも。クローディアは内向的だが、ほのぼのとした陽性の気質がある。一方のシェリルは何となく薄幸そうな、今にも雲散霧消しかねない儚さを纏っていた。自らの謎に対する不安が、美しさに陰を落とすのだろう。
 娘達はそれきり指輪に触れず、シェリルをこのまま一座に引き入れてしまおうと誘い始めた。いずれアイシャと別れねばならないために、ナタリーは熱心に取り組んでいたが、座長のバーバラは冗談とも付かぬ調子だった。
「芸者があたしとナタリーだけっていうのも、何だか物足りない気はしてたのよね」
「ですが、私には芸がありませんから」
 そう言って少し俯いたシェリルに、バーバラとナタリーは、それぞれ自慢の芸を持ち掛けた。
「占い、教えてあげようか」
「一緒に歌いましょう!」
教えるような特技を思い付かず、アイシャは難しい顔をしている。其処に、バーバラが口を添えてやった。。
「神話の語り手も必要かもね。アイシャに教えて貰うかい?」
「それが良いわ。一緒に勉強しよう!」
 と、アイシャもにっこりした。素直なシェリルは、本当に歌や神話を習い始めた。昔の記憶は薄いようだが、物覚えが良く、声も美しいからゆくゆく芸達者になりそうである。常よりずっとはしゃいで見えるナタリーに、バーバラは少しいじらしい思いがする。一期一会が旅の常であると、彼女も分かってはいるのだろうが、まだ年若い少女であるし、寂しく思うに違いない。バーバラは珈琲を二つ淹れ、たっぷりした裾を翻し、その場を離れた。
 馬車を間近に停めてあるため、内からでも娘達の蝶々しい賑わいが聞こえてくる。増える連れは人間だけでは無い。アイシャの馬がそれで、行方知れずの主人を探してエスタミルを彷徨っていたところを、バーバラによって保護されたのだった。良くも魔物に食われず長らえたものである。再会した時、アイシャは馬に飛び付いて、泣くほど喜んだ。てっきり他の皆と一緒に消えてしまったと思ったせいだった。馬車馬とアイシャの馬は、仲が良いのかそうでないのか、体は隣り合うも首は反対の方を向く。朝夕欠かさずに櫛を当てるため、鞍を外した二頭の毛皮が、遠火の光さえ弾いて輝いた。
 引き手のない不格好な車、天井に吊るした灯りの奥つ方で、エルマンが本を積み上げていた。馬車が揺れなければ、来客に気付かぬままだったかも知れない。眼鏡を上げ、来たのが座長だったと知ると、微笑して歓迎する。バーバラが珈琲を渡すと、彼は手を休め、休憩に入った。
「華やかで良いですね」
 先程の会話が聞こえていたらしく、エルマンは目尻を下げた。
「あんたも一緒においでよ」
「これを全部運ぶのは骨ですよ」
 と、山積みの冊子を指す。これらは全てがエルマンの趣味である。破れた巻物や壊れた本を人から譲り受け、皆自分で修繕したのだった。時には売り物になったりと役に立つのだが、いかんせん馬車を圧迫してしまうため、座長から露天図書館と言う渾名を付けられていた。
「確かにね。こんなにたくさん、何調べてるの?」
「デステニィストーンのことです」
 彼女は山積みを端に寄せて、その間に挟まるように座った。ランタンの灯りが動くたび揺さぶられ、ぼやぼやと落ち着きない陰を落とす。エルマンの方が幾ばくか年嵩なのだが、彼はバーバラを姉さんと呼ぶ。生真面目な男が珍しく嘯いた冗談で、全く姉さんには敵いませんと言ったのをバーバラが面白がり、そのまま定着したのである。それがまともに名前を呼ぶのは、大真面目な話を振る時に限った。
「バーバラ、あなたはどう思います?」
「仲間が増えて嬉しいなって」
 と、バーバラはにっこりした。エルマンが分厚い眼鏡を上げた。硝子の奥は胡散顔である。彼女はいかにも気楽そうに、豊かな赤毛を掻き上げた。
「難しいことは無しよ。シェリルが探し物をしてるって言うんだから、みんなで手伝ってあげようじゃない」
「姉さんがそう仰るんなら、詮索しないでおきましょう」
 そう言ったきり、エルマンもそれ以上は言及しなかった。シェリルはああした大人しい人柄だから、彼女を一人きりで旅させるよりも、一座で守ってやった方が良い。彼女を伴うことで困難が生じたとしても、座長がみな恙無く片付けてしまうのだから、エルマンに諌める由は無かった。その頼れる座長は、他人事のように珈琲を飲んでいる。
「ほんと、楽で良いわ。難しいことはみんなエルマンが考えてくれるんだもの」
「あなたほどではありませんよ」
「買い被り過ぎよ」
 バーバラがからからと明るく笑うのに、エルマンもつられて笑う。二人ともが飲み終えたのを見計らい、彼女は灯りを消してしまった。
「今日は終わりにしなさい。みんなのとこに行きましょうよ」
「これじゃ、何にも見えませんよ」
 幌越しに漏れる明かりのために、周囲の輪郭がほんのり見えるが、足元はまるで覚束ない。壁伝いに歩くエルマンの手を引くと、バーバラは車座の方へ連れて行った。