中

 此処はフォルセナの南、モールベア高原の南西に位置した。思わぬ掣肘を食らったものの、土台大砲の照準は外れていたようだから、どの道直接フォルセナに到着する事は叶わなかったろう。高原はその名の通り、モールベアが広く生息している。野面には連中の掘った穴が開いており、モールベアや他の獣が何度も往来しているため、人間もどうにか通過出来るほどの直径に広がっていた。とは言え、それらの穴に嵌ってしまうと、悪くすれば足の骨を折るような事態も起こりうるため、フォルセナの子供は高原で遊ばぬよう言い含められている。しかしながら、向こう見ずなデュランが言い付けを守る筈も無く、妹を連れてしばしば遊びに来ていた。よって、彼はこの辺りの地理に比較的明るいのだった。
 道々、六人とフェアリーは互いの事情を話した。ホークアイら三人は、デュラン達と似たような道程を辿っていた。聖都ウェンデルで光の司祭に話を聞き、聖剣の勇者を探そうと目的を定めた所で、獣人兵に捕まってしまい、ジャドの牢屋に放り込まれた。間の悪い事に、彼らが脱獄したときには、既に全ての船が出港した後だったらしい。どうしようも無くなった挙句、自棄になった三人は、意趣返しも兼ねて、獣人軍を相手に大立ち回りした。効果は覿面で、ウェンデル侵攻に失敗し、弱体化した獣人軍の勢力に止めを刺したのだった。暴れたどさくさに紛れ、連中が移動に使う巨大な鳥までも奪い取ってやった。しかして鳥の気の向くまま、適当に空を飛んでいたら、後方から飛んで来たデュラン達に撃墜されたのである。あのまま飛んでいても、いずれは鳥に振り落とされていたろうし、当たったのが寄寓にも聖剣の勇者一行だったので、彼らにとっては怪我の功名だったらしい。デュラン達としても、この邂逅は幸運だと言えた。頼もしい戦士の仲間が三人も加わった上、道中が一層賑やかで楽しいものとなったのである。人懐っこいシャルロットは勿論の事、女友達が出来たアンジェラとリース、男同士で意外に馬が合う三人とで、六人ともあっと言う間に意気投合した。フェアリーは、内心デュラン達三人では心許無いと思っていたのか、殊の外喜んで迎えた。一方で、旧知の仲間を等閑にせず、新たな仲間達に対し、デュラン達の実力はお墨付きだと褒めて寄越したのだった。相変わらず口の上手いフェアリーだと思いつつも、やはりデュランは嬉しかった。
 大地の裂け目が生まれた時代、フォルセナ地方には地震が頻発していたそうで、この高原にも断層が幾つか見られる。中には乗り越えるのが難しいような大きな断崖もあり、其処はモールベアの隧道を利用して地下を通過するしか無かった。斜めに開いたもぐらの穴に、デュランは試しに潜り込んでみた。通れるが、内部を這って行かねばならない。魔物と相対すには不利な体勢だった。
「なんとかいけそうだ。みんな、気をつけてくれ」
 穴に潜ったまま声を掛けると、背後に誰かが這って来る気配がした。
「もぐらしゃんになったみたいでち」
 楽しげな声がした。すぐ後ろはシャルロットらしい。殿は誰だか分からないが、最も危険に晒される状態にあるため、デュランは先を急いだ。意外と長い横穴の、真っ暗な中を進んで行くと、勾配が登りになって、徐々に明るくなって来た。もう一頑張り、と思って前進を続けると、出し抜けに、反対側から大きなもぐらが下りて来た。モールベアである。デュランはぎょっとして、声を張り上げた。
「全軍、こうたーい! とっとと下がれ!」
「なに、どちたの?」
「下がれったって……うしろがつかえちゃってるよ」
 シャルロットとホークアイが呑気に答えた。状況が見えていず、その後ろには伝わってすらいないらしい。
「うしろに伝えろ! とにかく下がれ!」
 もはや間に合いそうに無い。体を丸め、転がって来たモールベアに対し、デュランは頭突きで応戦した。背中の棘と兜がかち合い、鋭い音が立った。弾き返し、丸まった体が開いた隙を逃さず、相手の鼻をむんずと掴み、仰向けに地面に押し倒した。手足をばたつかせて滅茶苦茶に暴れられたが、意地でも離さず、強引にモールベアを後退させる。押し戻して隧道の出口まで辿り着くと、デュランは上半身を穴から出し、左手に剣を召喚してモールベアを貫いた。焦っていたのと、慣れぬ左で突いたせいで、一発目は刺さりが甘かった。もう一太刀、今度は狙いを定めて腹を突く。モールベアは尚ももがいていたが、やがて脱力し、手足がだらりとぶら下がった。息の根が止まった所で、死んだモールベアを投げ捨て、デュランは急ぎ穴から這い出した。後ろで閊えていた仲間達も、次々と出て来て、渋滞の理由を不思議がっていた。
「ふいー。おひさまが、まぶしいでち」
 デュランとホークアイに助けられ、ようやっと抜け出たシャルロットは、ほっと息をついた。デュランが無理に下がれない理由は彼女にあった。比較的長身である二人に挟まれれば、小さなシャルロットは潰れかねない。
「もー、早く行ってちょうだい! リースのおしりにぶつかっちゃったじゃない!」
 アンジェラは鼻をぶつけてしまい、低くなってはいないかと、頻りに気にして撫でていた。リースの方は、特に何とも無かったようで、膝や手についた土を払っていた。
「前の方で、何かあったんですか?」
 最後尾はケヴィンだったらしく、彼は怪我無く這い出して来た。無事全員が揃った事に、デュランは安心して、リースの質問に答えた。
「こんな事があってよ」
 そう言って右手を突き出すと、周囲が大きく息を飲んだ。ちょっと驚かせてやるつもりが、傷は想像以上に酷い有様だった。泥塗れの爪で抵抗され、指先から手首まで切り刻まれており、手の側面が大きなささくれのように皮が剥けていた。腕輪も疵付いているが、これが無ければもっと酷かったろう。見るまではひりつく程度だったのが、直接目にしたら、矢庭に強く痛み出した。
「……うわ、いってえ! なんだこりゃ!」
 デュランが叫んだ瞬間、筋状の傷からぷつぷつと血が滲み出た。心臓の拍動に合わせて、内部からせり上がるように痛む。わけも無く振り払おうとすると、赤い血の雫が飛び散り、仲間がますます狼狽した。とにかく治療をと、色をなした一同の中、唯一シャルロットは冷静だった。
「おちつきなしゃい。シャルロットにみちて」
 彼女が歩み出ると、デュランを取り巻いていた仲間達は、道を開けるように後へ下がった。シャルロットは流血にも一向構わず、背伸びしてデュランの右手を取り、具合を見た。少し眉を顰めたが、傷に対してでは無い。
「どろんこでちね……なおすまえに、きれいにしまちょ」
 デュランは剣を仕舞い、大人しく水筒を出した。逆らっても無駄だと知っているのである。右手をなるべく遠ざけ、恐る恐る傷口に水を掛けると、シャルロットが手を伸ばし、優しく撫でるように洗った。皮がめくれ、熱湯のように酷く沁みたが、喚くのは情け無いから、デュランは歯を食い縛って我慢した。泥が落ちると、シャルロットは口の中で詠唱し、掌に柔らかな光を灯して、指先から傷をなぞった。先程の、剥けた皮膚を逆撫でされた痛みとは全く反対に、元あったように撫で付けられた感覚がした。それで傷は綺麗さっぱり治ったのだった。痛みが消え失せると、デュランは詰めていた息を吐いた。
「ふう、ありがとよ」
「どういたちまちて」
 と、二人は濡れた手を服で拭った。淡々とした手短な治療に、初めて目にした仲間は唖然としていた。彼らに向かって、薄く血の跡が残る手を見せ付け、デュランは得意気に笑った。
「すごいだろ。これが回復魔法の力だぜ」
「けがしても、シャルロットがなおしてあげまち。あんしんしなしゃい!」
 シャルロットも胸を張った。対する三人は、魔法の神秘もさる事ながら、彼女の態度に驚嘆していた。
「シャルロット、おちついてるわね……」
「ケガ、こわくない?」
「おみそれしたよ」
 と、三人が口々にシャルロットを褒めた。デュラン達はすっかり慣れてしまっているが、普段は稚い子供にしか見えない彼女が、冷静沈着に負傷の対処をする様は、確かに別人のようだった。
「デュランしゃんのけがは、なれっこなんでち」
 シャルロットは嬉しがるよりも、不満そうにデュランを一瞥した。
 過ちに気付いた六人は、作戦を考えた。即ち、まず一人が斥候として単独で進み、出口の安全を確保してから、残りの仲間を通過させる事にしたのである。いずれにせよ最後尾の危険は免れないが、無闇に突っ込むよりはずっと良くなる。殿は頑丈なデュランやケヴィンが務める事にした。
 暇さえあれば雑談を交わした。特に、モールベアの穴を通る際は、斥候が前の安全を確認するまで、他の五人は待ちぼうけを食う。その時間は暇潰しのお喋りに費やされた。偵察を一人に任せきりにすると、その人は会話に参加出来ないため、仲間の素性を知る機会が減ってしまう。だから、男の三人が順番に潜るようにしていた。
「そういえば、まだあの事を話してないよな?」
 蝶々の戯れる、緩やかな斜面を下る途中、ホークアイが思い出したように言った。ケヴィンは頷き、デュラン達の方を見た。
「オイラ、夜になると、変身するんだ」
 獣人は月の光を浴びると獣の姿に変わる。ジャドのマスターからそう聞かされたが、デュラン達は変化の姿を見た事が無い。夜陰に乗じて町を抜け出す際、幸いにして獣人兵と鉢合わせなかったのである。元々、かの種族に対してさしたる知識も偏見も持っていない三人は、ケヴィンに対して純粋な興味を抱いた。
「変身か……かっこいいな」
 ケヴィンのような、強さと優しさを兼ね備えた男が、仲間を守るため変身して戦う。デュランとしては憧れざるを得なかった。
「なあ、ちょっくら変身してみてくれよ」
「……今は、できない」
 ケヴィンは空を一瞥し、首を振った。吸い込まれそうなまでに深い空には、太陽が赫々と燃えていた。
「夢見草があれば、すぐに夜にできるんですけど……ざんねんながら、今は持ってないみたいですね」
 リースが言った。デュランは残念がったが、夜になればいつでも見られると聞き、大人しく待つ事にした。
「へんしんって、おおかみしゃんになるんでちか?」
 シャルロットも興味津々で、ケヴィンの顔を見上げた。
「いや……ウルフと獣人、ちがう」
「ちがう? じゃあ、どんな風になるの?」
 今度はアンジェラが聞いた。
「う……」
 三人に取り囲まれてしまい、ケヴィンは口籠もり、思い詰めたような表情でホークアイを顧みた。ホークアイは面白がっている風だが、助け舟を出すのは忘れなかった。
「見てのお楽しみってやつだな。頼りになるから、期待していいよ」
「えー、気になる!」
 アンジェラはますますケヴィンに近寄り、顔を具に観察した。ケヴィンは閉口し、喉の奥で小さな唸り声を上げながら、目を逸らした。視線の先には丁度、大きな断層が立ちはだかっていた。
「……次、どっち?」
「まわり道してもいけるけど……あそこを登っちまったほうが早いな」
 デュランが断層を眺めやった。
「オイラ、行ってくる」
 端的に言い置き、ケヴィンは足早に断崖へ向かい、モールベアの穴を探し出して、逞しい体を詰め込むように潜って行った。取り残されたアンジェラは、気分を害してしまったかと、しおらしく眉を顰めた。
「……私、しつこかったかなあ?」
「だいじょうぶ。ケヴィンははにかみ屋さんなんです」
「あんまりしゃべらないけど、怒ってるわけじゃないよ」
 ホークアイとリースは笑っていた。ケヴィンは喋るのが苦手だから、時々言葉に詰まってしまうらしい。寡黙だが、相手に悪気さえ無ければ、どのような事をされても許してしまうような、心優しい性格なのだと。二人は先程から、ケヴィンの訥弁をさり気無く補ってくれていた。ともすれば無愛想に見えがちなケヴィンと、人当たりが良いこの二人は、相性が良いようだった。戦力的にも均整の取れた組み合わせだが、本人達は、魔法が使えない事について内々心許無く思っていたそうである。アンジェラは魔法を大層褒めて貰い、いつも以上に張り切って、繰り出す光弾が一層派手で攻撃的になっていた。得てして、慢心は油断に繋がるものだが、魔導師に限ってはそうでも無いらしい。アンジェラもシャルロットも、調子に乗っている時の方が見事な魔法を使っていた。かくして互いの長所を少しずつ披露し、理解を深めつつ冒険していた。
 ケヴィンを待つ間、暇だったシャルロットは、リースと一緒に花を摘んで遊んでいた。やがてそれにも飽きると、おやつとしてまんまるドロップを食べ始めた。草の上に座り、いそいそと包み紙を解く。フォルセナ近郊は暖かいため、蝋引きの包み紙に飴玉がくっ付いてしまい、無理に引き剥がして口に入れ、べたついた指先を舐めた。月の雫と花の蜜で出来た甘酸っぱいドロップは、ほんのりと花の香りがし、そばにいる者をも楽しませた。
「おいしそうだね」
 隣に膝を突き、ホークアイが話し掛けた。シャルロットはものを食べる時、幸せそうに目を細めながら、口いっぱいに頬張る。そうして沢山食べるので、如何にも美味しそうに見えるのだった。大粒のまんまるドロップは、右の頬に入ったらしく、栗鼠のように膨らんでいた。ドロップが零れ落ちないよう、口元を押さえながら、シャルロットは彼の顔を見上げた。
「あんたしゃんも、たべる?」
「ああ、一つもらおうかな」
「じゃあ、だしてあげまち」
 と、シャルロットはもう一つドロップを出したが、少し考えて、座ったままホークアイから後ずさった。
「あんたしゃん、どろぼーなんでちょ? これ、とってみてくだちゃい」
 そう言いながら、ドロップを頭上に掲げて振った。ホークアイは大袈裟に嘆息し、肩を竦めた。
「オレは富豪専門のドロボーなんだ。スリなんかといっしょにされちゃ、困るね」
 言いながら、いつの間にかまんまるドロップを手に持っており、宙に放って弄んでいた。
「……ま、これぐらいはできるけどさ」
「あっ、いつのまに!」
 シャルロットが自分の手を見て仰天した。彼女が注意を逸らした一瞬の隙に、ドロップはまんまと掠め取られていた。ホークアイはにやにやしながら、ドロップの包みを破いた。
「そんなわけで、ドロボーにも色々あるんだ。モンスターからアイテムを盗んでもらおうなんて、期待しないでおくれよ」
 掏摸とは違うと言いながらも、力量を誇示する事は忘れない。そうして巧みな技術を見せ付けた後、出来ない事にはちゃっかり言い訳を付けた。意外と負けず嫌いらしい。話し終わると、ホークアイはドロップを高く放り投げ、口で受け止めた。
「ついたよ! みんな、来て!」
 ケヴィンの声が降った。皆が断崖を見上げると、下を覗き込み、手を振っている姿が見えた。無事出られたようだ。
「せまいから、気をつけて!」
 小休止していた一同は、各々の武器を一旦仕舞い、穴のそばに集まった。シャルロットは摘んだ花をどうするか迷ったが、結局置いて行く事にしたらしい。頬に手を当て、焦れったそうに足をばたつかせた。
「まだ、どろっぷがくちにはいってまち……」
「なめながら行っていいわよ。落とさないようにね」
 アンジェラが答えると、シャルロットは安心して穴に潜った。育ちの良い二人は、歩きながら食べる行儀の悪さを気にしているのだった。シャルロットは頭を穴に突っ込み、下半身が外に出た状態で、一旦足を止めた。
「ほんとだ、せまいでち……」
「シャルロットのおしりじゃ、途中でひっかかっちゃうかもね」
 アンジェラがくすくす笑った。トンネルから尻だけ出ているシャルロットは、反論の声を上げようとして、慌てて口を閉じた。ドロップが零れそうになったらしい。怒って体を揺らしながら、もごもごと反撃した。
「アンジェラしゃんこそ、おしり、きをつけなしゃい!」
「おあいにくさま。私、こう見えても細身なんだから」
 柳腰に手を添え、アンジェラは軽くいなした。シャルロットの尻が引っ込むと、彼女も穴に潜り、続いてリースが入った。
「デュラン」
 デュランも潜ろうとした折、ホークアイに呼び止められた。
「何だよ」
「ちょい待ち」
 と、ホークアイは平手を出しながら、ドロップを噛み砕いて飲み込んだ。話しやすくなった所で、本題に入る。
「君、お金の管理は得意か?」
「ああ、できるよ」
 デュランは即答した。稼いだルクは全ておばさんに預け、定期的に少額を貰っている。即ち未だにお小遣いを貰っている身だが、出来ないとは言わない男だった。
「そうか。じゃあ、全部君にあずけるよ」
 ホークアイは小さな袋を取り出し、デュランに押し付けた。ナバールでは、盗んだ宝物を全て首領に渡してしまい、貧しい人々に行き渡らせた後、残った僅かなお零れを盗賊団の面々が貰っているらしい。それを俗にお小遣いと呼ぶそうだった。デュランとホークアイはお小遣いを貰っている身であり、アンジェラとリースは王女なので、今までルクに触った事すら無かったし、シャルロットは言わずもがな、ケヴィンもビースト城で暮らしている間は、必要な物品が全て現物として支給されていたらしい。詰まるところ、この六人の中で、ルクの管理を抜かり無く行える人間はいないのだった。デュランはルクの袋を受け取り、自分の袋に移しながら、盗賊の割に稼ぎが少ないなと思ったが、ホークアイもデュランの袋を見て、傭兵の割に稼ぎが少ないなと思ったようだった。
「……騎士の教えに、清貧は美徳である、って言葉があるんだ」
「……ナバール盗賊団は、まずしい人々に金品を分けあたえる、義賊なんだ」
 お互いに言い訳めいた信条を語り、何と無く分かり合った気になった。やりとりを交わしていると、なかなか来ないのを心配して、リースが引き返して来た。這い蹲った体勢で、のそのそと後退し、漸く頭が出た。
「二人とも、どうしたんですか?」
「ルクの話だよ。オレがあずかる事になったから、必要な時は言ってくれ」
 デュランが袋を見せた。
「そっか、まとめちゃった方がいいですもんね」
 リースは立ち上がり、手の土を払いながら言った。そうして一往は納得したものの、もの言いたげに口を開き、ホークアイを見た。ホークアイが励ますように頷くと、彼女は控え目に申し出た。
「……あの、私達のおこづかいは、今までどおりでいいんですよね?」
「みんな、おこづかいとして百ルクずつ持ってるんだ」
 ホークアイが付け足した。金額を聞き、デュランは避難するように口を尖らせた。
「なんだよ、たった百ルクしかやってねえの? オレは二百ルク持たせてるぜ」
「そんなにか?」
「そんなに分けたら、お金の計算が大変じゃありません?」
 二百と聞いて、二人がちょっと目を見張った。
「はぐれちまった時の金だろ? 多いにこした事はねえよ」
 万一迷子になった時のため、アンジェラとシャルロットも幾らかのルクを所持している。宿代と、食費と、船賃を足せば、二百くらいが妥当だと考え、デュランは彼女らに持たせた。そこそこの額だが、身の安全には代えられない。良い事に、二人は意外に倹約家で、最初にウェンデルで分けたきり、一度も使っていないようだった。
「たしかに……」
 デュランの説明に、二人は関心していた。デュランは自分の方が世間に通じているのだと知り、得意になった。
「お前達にも、二百ルクあずけておくよ」
 と、袋から二百ルクを引っ掴み、二人に半分ずつ渡した。ホークアイとリースは、貰ったルクを目で数えた後、大切そうに仕舞った。口元は自然と緩んでいた。
「二百ルクももらっちゃった……」
「すごいな、まんまるドロップが四十こも買えるよ」
「ケヴィンもびっくりするでしょうね」
 二人は顔を見合わせ、無邪気に笑った。デュランとて、小遣いとして一遍に二百も貰った事は無い。緊急用とは言い条、自分のものとして渡されると、殊の外嬉しく感じるものだった。
「みんな、どうした?」
 再びケヴィンの声が降った。
「ああ、今行く!」
 ホークアイが上に向かって声を張った。隣のリースは未だに喜色満面である。弾んだ声で、ケヴィンに呼び掛けた。
「デュランさんから、いいものがもらえるわ!」
「いいもの? なに?」
 ケヴィンは膝を突いた格好で、崖から身を乗り出し、今にも下りて来そうだった。
「いい子にしてればもらえるってさ! ……おっと、落ちるぞ!」
 焦らした余り、ケヴィンの注意が崖から逸れた。彼の手元から小石が転がり、ホークアイが慌てて注意した。ケヴィンに待ってくれるよう言い、三人は急いでモールベアの穴に潜り込んだ。