考察を始めるにあたり、筆者のスタンスなどを始めに記しておきます。
筆者が「公式設定」と考えるものは、ゲーム中でのセリフやモノローグです。
書籍には誤謬や著者の個人的な見解が含まれるためです。
サガフロ2には「スクウェア公式設定資料集」が存在しますが、必ずしも同書の記述とここの考察は一致しません。あしからず。
……にも拘らず、「おおまかな設定は書籍を参考にしてくれ」という適当な考察を展開します。
というわけで、ヌヴィエムの略歴は攻略本などを読んでください。
1 生まれの話
ヌヴィエム・ド・ラングフォルド。
彼女はオート候家カンタールの九番目の娘です。
こう書くと解釈が分かれるのですが、九女(娘の中での九人目)ではなく、男女合わせた兄弟の九番目 と言う事のようです。
(実際はカンタールの認知していない子、認知していても実子で無い可能性のある子などがおり、この数が正しいかどうかは不明ですが……)
彼女の生まれは1269年。
オート候家が栄華を極めた時代に、カンタール正妻ヒルドガルドの娘として生まれたため、環境としては大いに恵まれた子供でした。
はきはきとして気位の高い性格から、父親の覚えもめでたかったようです。
2 オート候家との話
ヌヴィエムは齢十七にしてプルミエールの養母となりました。
自身もうら若い少女でありながら、妹の義母となったのは、設定として「父への強い尊敬の念ゆえにカンタールが娘を見捨てたという事実を看過できなかった」旨が書かれていますが、彼女の持つ性格の優しさもあったのではないかと。
ヌヴィエムはオート候家の跡目争いに参加せず、かつ、肉親達とは戦いたくないと思っていたようなので、身内に対しては優しい一面もあったのでしょう。
彼女の生家、ラングフォルド家は由緒正しき貴族であるそうですので、妹を養育する後ろ盾も十分でした。
プルミエールの母は身分無き宮廷の使用人で、娘が生まれて間も無く亡くなりました。
実母が病気がちだった事もあり、プルミエールは早くからヌヴィエムの元に引き取られ、彼女によってプルミエールと言う名を授けられます。
父からの認知も、ヌヴィエムの働きによって漸く受ける事ができました。
母が死に、父には顧みられず、寄る辺のなかった幼きプルミエールにとっては、まさしく救いの手だったと言えるでしょう。
ヌヴィエムは娘を寵し、プルミエールも母を慕っていたようです。
カンタールが死んだのは1288年、ヌヴィエムが十九歳の頃です。
それ以降、メルシュマン地方ではオート候家による骨肉の争いが展開されるわけですが、上述の通り、彼女はカンタールの跡目争いを冷ややかに見ていました。
寧ろ、肉親同士で争う事を忌避しています。
オート候家に誇りを持つヌヴィエムですが、上に立つ者はどうでも良く、「オート候家の名誉と誇り」そのものを重要視していたようです。
(実際、プルミエールに対しては「オート候家を支えていけ」と発言し、当主になれと直截言ったわけではない)
3 チャールズとの話
チャールズがヌヴィエムを「犬の子」と侮辱したのは、ヌヴィエム十五歳、チャールズ三十二歳の時です。
この年齢差を見ても、ずいぶんと大人気ない話であります。
オート候家興隆の時代、上流貴族として優雅に暮らしていたヌヴィエムにとって、この一言は忘れがたいものでした。
そこに持ってきて、オート候が逝去してから後は、「腑抜けた兄弟達」の後継者争いによって候家の勢力がみるみる内に弱まってしまいます。
その隙をついたケルヴィンにより、中原の覇権はヤーデ伯爵家の手の内となります。
となれば当然、ケルヴィンの息子であるチャールズもデカイ顔をしているわけです。
ヌヴィエムとしては我慢ならない状況です。これを切っ掛けとして、彼女の復讐心に火が点きました。
一方で、チャールズにとってのヌヴィエムの存在も厭わしいものでした。
チャールズはヤーデ伯ケルヴィンの嫡男、つまりマリーの息子です。そして、マリーはカンタールの元細君。
更にチャールズにとってのカンタールは、ヤーデの覇業を阻む邪魔者かつ、早世した母上を悪し様に扱った男。
チャールズにとり、ヌヴィエムはそんな男の娘です。
カンタールは絶対の悪人と言うわけでは無さそうですし、もちろんヌヴィエムに罪があるわけでもありませんが、チャールズにとってオート候家というのは恨めしい存在だったのでしょう。
つまり、チャールズは恐らくオートの家そのものを白眼視していたのだと思われます。
翻ってヌヴィエムは、チャールズに対し深い怨嗟を抱いていましたが、ヤーデ伯爵家の他の者に対して怨むような理由は、特にありません。
チャールズは生きている限りオートを侮蔑し続けるでしょうが、ヌヴィエムはそうではない。
チャールズが死んでしまえば復讐は終わりで、その上、彼女はプルミエールの反発と出奔と言う転機を経験します。
そこが両者の迎えた結末に繋がったのではないでしょうか。
4 行動の話
プルミエールは可憐な容姿とは裏腹に、女傑や烈女と言った言葉がふさわしい女性です。
その性格の礎となっているのは、もちろん養母であるヌヴィエムの存在でしょう。
プルミエールの母なだけあって、ヌヴィエムの取った行動も大胆かつ苛烈なものでした。
ヌヴィエムがナ国ショウ王を唆し、ヤーデ伯爵家とその周囲を擾乱に陥れた事は、作中で触れられた通りです。
争いを長引かせる一因と相成ったわけですが、プルミエールの出奔後、彼女は憑き物が落ちたように復讐を取り止めます。
その後、オート候家の内乱に終止符を打ち、メルシュマンの平定の貢献に一役買う事になったわけですが、そこに至るまでの彼女の行動もなかなか過激なものです。
即ち、兄弟達の率いる軍を残らず掃討し、肉親の首を次々と跳ねていったのです。
邪魔者を消し、晴れてオート候家の正当なる後継者となった彼女は、デーヴィド率いる連合軍に協力し、見事偽ギュスターヴの反乱軍を打ち破ったのでした。
それから彼女は、新しきオートの後継者として、血族とは全く無関係な人物を任命し、自らは表舞台から退きました。
自らの行いを悔い、贖罪のために取った行動ですが、そこには大きな犠牲が伴いました。
オート候家は没落し、兄弟は死に、寵愛していた娘は失われ、彼女の元には何一つ残らなかったのです。
5 晩生の話
その後の彼女はどうなったのでしょう。
恒久和平が成立してから後、ヌヴィエムは野に下り、静かな余生を過ごしたそうです。
資料集によると「プルミエールと二度と会うことはなかった」そうですが、それじゃああんまりな話ではないか? 大団円とは言い難い結末ですね。
実を言うと、この資料集には誤植や間違った記述がしばしばあり(敢えて何処かは言いますまい)、この記述が必ずしも公式とは限りません。
同シリーズでの似たような例を挙げると、時織人(ロマサガ画集)のアルベルトの項で「姉とは再会しなかった」と書かれているのですが、実際のゲームでは姉弟ともにローザリアに帰国する(=ローザリアで再会する)と思しき描写が存在します。
これと同じく、ヌヴィエムとプルミエールの再会もありえない事ではありません。
全てが終わった後であるならば、きっと母子ともに穏やかに話ができる筈です。
いつの日か再会できているといいですね。
6 名前の話
ヌヴィエム。
いつぞや河津氏が発言していましたが、「ヌ」から始まる変わった名前です。
ヌから始まる名前は一風変わったキャラが多いそうですが、彼女もなかなかの曲者です。
彼女の名前の意味するところは、そのまま「九」の数字です。
名付け親はもちろんカンタール。
兄弟の途中までは普通に名付けていたそうですが、途中から面倒になって生まれ順の通りに付け始めたそうで。
となると、23人の子供の内、少なくとも13人が適当な名前を付けられたわけです。
プルミエールはヌヴィエムが付けたため、「一番最初」と言う意味になっています。
彼女は末子ですが、家を支える者として、敢えて濫觴の意を冠する名前を付けられました。
カンタールの子としては良い名前ですが、やっぱり順番が由来なんですね。
ヌヴィエムは作中で「ヌヴィエム・ドラングフォルド」と名乗ります。
攻略本によると、スペルは「Neuvieme de Langford」です。
スペルからすると、彼女の正確なカナ表記は「ヌヴィエム・ド・ラングフォルド」になります。
と言う事は、ヌヴィエムの生家(母方の苗字だろう)は「ラングフォルド家」と言う事になる筈ですが……敢えて繋げて表記しているのは何か意図があるんでしょうか。
プルミエールはヌヴィエムの養女ですので、彼女の本名も「プルミエール・ド・ラングフォルド」(Premiere de Langford)です。
このフルネームは登場しませんが、それは彼女が家を捨てた事と関係しているのかも知れません。
作中にてプルミエールは父の事を「大カンタール」と呼びます。
この「大」は一族に同名の人物がいる場合、年長者、あるいは父親や母親を区別して付けるものです。
つまり、オート候カンタールの子にも「カンタール」がいる事になります。(子の方は小カンタールと呼ばれる)
中世あたりのヨーロッパはそもそも名前の種類が少ない上、名付けがめんどくさくなって数の名前を付けるような父親ですから、同名の子供の存在はごく自然なものです。
父と同じ名を持つ兄弟の事を、ヌヴィエムはどう思っていたのでしょう。
以上です。
文章の都合上、時系列をかなりはしょっています。