後

 空が白み始め、森が僅かに明るくなった。獣や魔物はまだ眠っているが、鳥達は早起きで、枝を飛び移る音や囀る声があちこちから降って来た。夜明け前の見張りをしていたケヴィンとアンジェラは、朝が来たのを知り、ぐうぐう寝ている仲間を端から起こして行った。未だ薄闇の中、誰もが眠たがったが、普段ならばとうに活動を始めている時間である。眠い目を擦りながら、めいめい朝の支度をした。弱くなった火に薪を足し、アンジェラの魔法で顔を洗う。朝食は、大したものが無いから、パンの代わりにぱっくんチョコ、目玉焼きの代わりにまんまるドロップ、スープの代わりに水やはちみつドリンクを口にした。
「朝ごはんも、おかしのフルコースかあ……おハダがあれちゃう」
 アンジェラはそう言いながら、自分の頬に手で触れた。しかし腹は減っているから、ぱくりとチョコを頬張った。
「シャルロットがいちどたべてみたかった、ゆめのあさごはんでちけど……ふつうのごはんのほうが、いいでちね」
 お菓子の大好きなシャルロットも、夕飯に続いて食べると言うのは、流石に飽きてしまっており、あまり食が進んでいなかった。他の四人は贅沢を言わず、機械的に食べ進めて腹を膨らませた。
「やっぱり、保存食は必要だよな」
 チョコを水で流し込みながら、ホークアイが言った。一度用意してみた事があったものの、甘い回復アイテムに食傷した仲間達が、おやつ代わりに全て平らげてしまったのだった。奇跡的に残った一部の食料は、ごちゃついた倉庫の中で埋もれてしまい、次に発見した時は、干からびた欠片と黴の塊になり果てていた。倉庫から変な臭いがすると、一頻り騒ぎになった挙句、干し肉だった茶色い切れ端と、緑色のほわほわしたパンを見付け出し、食糧は可及的速やかに食べるものだと猛省したものだった。只でさえ金子に乏しい一行なので、パンの一かけらさえ無駄には出来ないのだった。食料の話をすると、余計に食べたくなって来る。六人は話をやめて、甘いお菓子をもそもそと食べ進めた。
「今日は木の神獣と戦うんだよな? どんな技を使ってきそうなんだ?」
 デュランが話頭を転じ、アンジェラに話し掛けた。
「んー……」
 アンジェラは丁度ドロップを舐めている所で、口の中でくぐもった声を出した。飴玉を右のほっぺたに追いやり、返事をする。
「ギルダーバインっておぼえてる? ランプ花の森で戦ったモンスターなんだけど……」
「ああ」
「ばっちり、おぼえてまち」
 デュランとシャルロットが返事をした。巨大な蕾に目が付いたような、典型的な植物型の魔物である。戦った時は森の奥地に根を張っていたが、根っこを足のように使って移動する事もあるらしい。
「たぶん、あんな感じのモンスターだと思うよ」
 賢いアンジェラは、同じ木の属性を持つ魔物として、この先に待つ神獣をギルダーバインから類推した。
「げげ……オレ、あいつキライなんだよ」
 デュランが嫌な顔をした。
「あんたしゃん、ぐーすかぴーすか、ねてたでちょ。がんばったのはシャルロットたちでち」
 シャルロットが口を尖らせた。ギルダーバインに挑んだのはデュランとアンジェラとシャルロットの三名だった。木の魔法は曲者で、眠りの花粉が雨霰と舞い落つ中、魔法に弱いデュランはまんまと眠らされてしまったのだった。眠りの花粉だけで無く、蔓や種子を使った攻撃が次々と襲い掛かり、シャルロットは一生懸命に仲間の治療を続けたが、ついには自分もぐっすり眠らされた。アンジェラ得意の魔法さえ、殆どが反射されてしまい、思うような決定打が与えられず、大変苦労したものだった。其処に持って来て、毒の花粉で体を蝕まれ、何処からとも無くバグやクロウラーを呼び出されてと、苦戦の種は枚挙に暇が無い。漸く終わった頃には、木の精霊を探していた事などすっかり忘れていたくらいだった。
「オレ、パス。今日はお前らにまかせるわ」
 デュランが匙を投げた。いつもは先陣を切って戦いたがるが、正々堂々を旨とする彼は、持って回ったような戦術が大嫌いなのだった。
「オレもパス。そういうの、ニガテなんだ」
 ホークアイも口を揃えた。敵を罠に嵌めるのは得意だが、自分や仲間に限ってはそうでは無かった。その上、卑怯な手を使う相手と言うのは、おしなべて卑怯な戦術に耐性を持つ者が多く、相性自体が悪いのだった。
「シャルロットも、もうごめんでち。みんな、よろぴく」
 シャルロットもここぞとばかり辞退した。かくして三人が逃げてしまったので、自ずと三人が残る事になる。
「それじゃ、私達が戦うしかないわね……」
 リースが言った。さすがの彼女も、滅法面倒くさいと聞いた上で、欣然と取り組む気にはなれないのだった。
「ま、しょうがないか……」
 アンジェラも観念した。
「オイラ、がんばる」
 唯一ケヴィンはやる気満々だった。彼はカールが生きている事を知ったので、当初の目的が達成された。だから、今度は仲間を助ける事を第一としているのである。元々不平を言わない性格だが、ますます他人に尽くすようになっていた。
「よろしくな。そのかわり、神獣のところまでは、オレ達が戦うよ」
 流石に悪いと思って、ホークアイがそう言った。神獣と戦わないと決まった方は、かなり気が楽になって、戦うと決まった方は、少し気を張り詰めて食事を続けた。
「フェアリー、出てこられるか?」
 と、デュランが中空に向かって話し掛けた。
「うん」
 すると、彼の肩口に青い光が灯り、フェアリーが姿を現した。フェアリーはゆるりと羽を羽ばたかせながら、デュランの肩に軟着陸し、膝を抱えた。
「みんな、おはよう」
 彼女はにっこり笑い、まず皆に挨拶した。
「おはよう」
 と、仲間達も挨拶を返した。大気のマナが薄らぎつつある影響か、フェアリーは此処の所調子が悪く、デュランの中で休んでいる事が増えた。今朝は気分が良いようで、顔色が良く、羽から綺麗な光を散らしている。朝の方が空気が澄んで、清浄なマナを取り入れやすいようだった。
「神獣がどこにいるか、分かるか?」
「うん」
 デュランが尋ねると、フェアリーは頷いた。
「昨日より、はっきり分かるよ。……きっと、神獣が力をましているせいね」
「そう……」
 リースが羽飾りを撫で付けた。神獣については、日に一体、良ければ二体ずつ倒しているが、復活してから既に一週間近く経過している。フェアリー曰く、神獣は目覚めたばかりで、まだ寝惚けている状態なのだと言う。今は大人しくしているものの、覚醒するにつれ、本来の力を取り戻して行くだけで無く、人々の住む町や村を襲撃する虞があった。
「こうしてる間にも、紅蓮の魔導師達が動きだしているかもしれないのよね……」
 敵は神獣ばかりでは無いのである。いつもの癖で、リースは思い詰めたような表情で、視線を宙に彷徨わせた。すると、ホークアイと目が合った。束の間見合った後、彼女は肩の力を抜いた。
「……でも、あせってもしょうがないわね。まずは、神獣をなんとかしなくちゃ」
「ああ。先の事は、神獣を倒してから考えよう」
 リースの言葉に、ホークアイも同調した。フェアリーも頷く。
「残る神獣は、あと二体だよ。みんななら、すぐに倒して、次に……わあっ」
 と、デュランが急に動いたせいで、フェアリーは体勢を崩し、引っくり返って後ろに落ちた。
「あ、わり」
 デュランが手を出して、彼女を受け止めようとしたが、フェアリーはもさもさした髪の毛に絡まってしまい、抜け出そうと一生懸命もがいていた。
「フェアリー、だいじょうぶ?」
 ケヴィンが横から手を伸ばし、フェアリーを救い出そうと奮闘したが、なかなか取れない。どうなっているか見ようとして、デュランが後ろを向こうとしたら、ますます拗れてしまった。
「どうなってんだ? ケヴィン、引っぱっちまっていいよ」
「うん。フェアリー、持つよ」
 と、ケヴィンはフェアリーを手で掴み、一思いに髪の毛から引き抜いた。
「いってえ!」
 髪の毛が引き抜かれ、デュランが後頭部を押さえた。ケヴィンが申し訳なさそうにしながら、手を広げてフェアリーを解放した。
「ゴメン……。フェアリー、だいじょうぶか?」
「ちょっとまって、髪がからんじゃってる……」
 フェアリーは銀の髪を持ち上げて、絡み付いたデュランの抜け毛を取ろうと苦心した。細い毛に、太い茶色の毛が結ばれてしまったらしい。
「何してるんだか……。フェアリー、こっち来て。とってあげる」
 見かねたアンジェラが手招きした。
「うう、ありがとう……」
 情けない顔をしながら、フェアリーは火を迂回して、アンジェラの元に行き、絡んでしまったデュランの毛を取って貰った。髪の毛が取れると、彼女は気を取り直し、高く飛び上がった。
「……とにかく、あせらず急ごうって言いたかったの! がんばろうね!」
 小さな体に見合わぬ大きな声で、フェアリーは皆に檄を飛ばした。彼女に発破を掛けられると、不思議と元気が湧いて来る。六人もすっかりやる気になって、大きく頷いた。
「よし、出発だ!」
 デュランは弾みを付けて立ち上がり、土を蹴っ飛ばして焚火を消した。土と煙が巻き上がり、まだ座っている仲間達が迷惑そうな顔をした。
「せっかちでちねえ……まだみんな、たべおわってまちぇんよ」
 シャルロットが前掛けをめくり、煙からぱっくんチョコを守った。他の面々も、体でチョコやドリンクを庇っていた。
「なんだよ。早くしろよな」
 文句を言いながら、デュランは再びどっかりと座った。手持ち無沙汰に待っていると、尚更暇に感じるので、まんまるドロップを出して噛み砕く。ぼりぼりと小気味の良い音を立てているのを、フェアリーが興味深そうに見詰めた。
「ねえ、それ、私にもひとくちちょうだい」
 フェアリーはデュランの膝の上に座り、ドロップを欲しがった。彼女は食事が不要で、気まぐれに朝露や花の蜜を舐める程度のようだが、皆が食べているのを見ると、やはり羨ましくなるのだった。
「ああ、いいぜ」
「ありがとう」
「ホークアイ、とってやってくれ」
 と、デュランは隣に頼んだ。彼が動くと、座っているフェアリーが転がってしまうので、ホークアイがドロップを出し、彼女に差し出した。
「いいかい、はなすよ」
 と、ホークアイは注意して手渡した。まんまるの飴玉は、フェアリーの頭よりずっと大きく、気を付けないと重みで転んでしまいそうだった。フェアリーはドロップを腿の上に乗せ、腕で抱えるようにして持ち、小さな舌で一口舐めた。
「おいしいね」
 フェアリーは唇を舐め、仲間達を見上げてにっこり笑った。
「フェアリーしゃん、おかしがやまほどたべられて、いいでちね」
 ドリンクを飲みながら、シャルロットが羨ましそうにした。
「でも、すぐおなかいっぱいになっちゃうよ」
 言葉通り、フェアリーは少し舐めただけで終わりにして、残りはデュランに渡した。食べ終わった後も、体が飴でべたべたすると言って、彼女は嬉しそうに手を舐めていた。

2016.10.22