四
六人はカールを探し続けた。ケヴィンは獣の変化を解かず、大きな体で周囲を見回しながら歩く。大切な家族が心配なため、鋭い目差しで近寄りがたいほど剣呑な顔をしていた。カールはテーブルとか茂みとか、何かの下に伏せて過ごす事が多く、身を屈めて念入りに暗がりを見る必要がある。灯りのランタンはたった二つで、広い森を探すにはあまりにも心許なかった。
「カール、いまちかー!? シャルロットがたすけにきまちたよー!」
シャルロットが良く響く甲高い声で呼び掛け続けるが、未だ返事はない。長らく頑張っていたが、ようよう疲れが溜まったらしく、急に黙ってしまった。まだ続けるつもりか、ぜえぜえと懸命に呼吸を整える。遠くばかり見て転びそうな彼女を、アンジェラが頻りに気に掛けていた。
「そろそろいいんじゃない? たぶん、カールにも聞こえてるよ。……ケヴィンも、いいかげん元に戻りなさいよ」
「でも……」
ケヴィンとシャルロットが二人してもごもご口籠ったが、アンジェラに嗜められた。
「そんなこわい顔で大声出したって、カールがビックリするだけよ。なんか、怒られてるみたいだもん」
ケヴィンはちょっと迷って、ホークアイの方を見た。カールを助けるならより戦える姿の方が良いと思ったらしい。交わす視線で答えも伝わり、ケヴィンはすぐに意思を固めた。
「わかった……ちょっと待ってて」
と、彼は足早に木陰へ向かった。変身する時変な顔をしてしまうらしく、いつも恥ずかしがって物陰に隠れるのだった。終わって出てきた時に目が合うと、これまたばつが悪そうにするため、他の仲間はなるべく他所を向いて雑談をする。ケヴィンは照れ屋なのである。少し緊張が解けて、構えた武器を仕舞ったり置いたりする者もいたが、デュランは依然ランタンと剣で両手が塞がっていた。
「……今の、おまえの話なんだろ?」
「何の事?」
にやりとしながら、肘でアンジェラを軽く小突くと、アンジェラはするりと躱し、よそを向いてしらばっくれた。懲りない傭兵は追撃に掛かった。
「怖い顔のじーさんに呼ばれて逃げたってやつ」
「ホセじゃないもん。呼んでたのはお母様! お母様、怒ると怖いんだから」
アンジェラが間髪入れずに訂正した。語るに落ちたというもので、デュランはからから笑っている。そばでにやつきを堪えながら見守っていたホークアイは、刺すような視線に肩を竦めた。
「キレイな人って怖く見える時あるよな。……ほら、今まさに」
両手で杖を握りしめながら、アンジェラが恨めしげに睨んでいた。
皆でお喋りする間も、シャルロットは気が気でなく、うろうろしては木々の隙間を観察している。一人で飛び出して行かないのは、ランタンを持ったリースがちゃんと見ているお陰だった。周囲に見当たらない事を確かめると、シャルロットは短い腕を組み、カールの行き先について懸命に考えた。
「もしかして、カールってば、うぇんでるにかえっちゃった?」
「うーん……でも、もしウェンデルに戻ったなら、ケヴィンの呼びかけに答えてくれると思うわ」
槍は木に立て掛けてしまい、所在無さげに羽飾りを撫で付けながら、リースが答えた。彼女が引っ掛かっているのは、カールの沈黙だった。遠吠えは始めこそケヴィンと呼応するようだったが、途中からぱったりと止んでしまったのだ。ウェンデルに帰っていれば今からでも合図をくれるだろう。理由をあれこれ考えていると、間近で高く吠える声がした。人の姿に戻ったケヴィンが、改めて呼び掛けたらしい。
「……おへんじ、ありまちぇんねえ……」
シャルロットがぽつりと呟いた。何処か悲しげな、長く響く遠吠えが止むと、いっそう静まり返ったように感じられた。
「ラビやマイコニドの姿もないし……何だか変じゃありませんか?」
ホークアイが近くに来たため、リースは敬語になり、そちらにも話を振った。
「遠吠えのおかげじゃないか? あんなの聞いて、ノコノコ出てくるモンスターもいないだろ」
何気なく話しながら、彼はそっと背後を指差した。丁度ケヴィンが木陰から出てきたところだった。アストリア湖を泳いだ体はまだ濡れているが、先程の不安そうな顔とは別人のように、意気軒昂に前を向いていた。
「アストリアの村に行こう。カール、たぶん、そこにいる」
「おし、さっさと行こうぜ。突っ立ってても眠くなるだけだ」
と、デュランが軽く剣を振った。ひゅんと空を切る音がした。
「あんたしゃん、ねむたいんでちか? まったくのんきでちねえ……」
シャルロットが呆れていた。いつもはいの一番にうたた寝を始める彼女だが、今回ばかりはカールが心配で、睡魔に構う暇もないらしい。行き先も決まり、一行は早速出発した。夜道に慣れたケヴィンが先頭で、やる気十分のシャルロットが続き、後の四人はランタンを頼りにはぐれないよう歩く。アストリア村は湖のほとりに位置し、一旦戻って洞窟の方から南に行けばすぐだった。
「アストリア、ね……」
取り敢えずは追従しながら、アンジェラは不乗りな様子でホークアイをちらりと見やった。
「アストリア、なあ……」
ホークアイも同様に、曖昧な表情で肩を竦めた。
アストリアは未だ廃墟である。獣人兵の襲撃に見舞われた時、村人は城塞都市ジャドに連行され、その後各地へ散り散りになった。人は無事だが、村の再建にはまだまだ時間が掛かるようで、まずは人を集め、森に呑まれかけた土地の開墾から始まったらしい。木を切って草を刈り、変に開けた地面と、焼け落ちてぼろぼろになった家屋、夜の森と廃墟を映す暗い湖面が、何とも恐ろしげで立ち寄りたくはない場所だった。
「ひえええ……」
シャルロットは震えながら、アンジェラの右足に抱き付いて離れなかった。行き先が決まった直後は元気に歩みを進めていたものの、暫くして村の事をぼんやり思い出し、仲間に聞いて確かめてみて、それからずっとこうだった。お互いやりづらそうだが、二人で歩幅を合わせて器用に歩いている。長い付き合いの賜物だった。
「あーあ、ウィスプがいたらなあ……」
今は支えにしかならない杖を見下ろし、明るく朗らかなウィスプを懐かしみつつ、アンジェラが嘆息した。彼と出会ったのがこの近辺だったのである。
「なげいても、はじまりまちぇんよ。……ねえねえ、あそこ、つついてみて」
シャルロットは精霊と魔法の消失について冷静だった。魔法が使えず、デュランに言う事を聞かせる立場でなくなったのは悔しいようだが、癒しの力に頼り続けるのは良くないと考えており、案外割り切っている。現実に出来る事を成すべく、しがみついた手でアンジェラの太ももにぺしぺしと合図し、廃墟の暗がりを指差した。指先も震えているが、大事なものを探す根性はあった。
「ダメよ。カールに刺さっちゃうじゃない」
入り口でそうこうする内、他の皆が村の奥まで行ってしまったので、灯りのない二人も慌てて踏み出した。デュランは眠気を払うようにずんずん歩いたが、不意に宿屋の側で立ち止まった。風雨に晒され柱や壁面がすっかり駄目になり、土台に屋根が覆い被さるようになっていた。リースは先を行くホークアイとケヴィンばかり見ていて、立ち止まった彼にぶつかりそうになり、たたらを踏んだ。槍の柄が小石に当たり、軽くかつんと鳴った。
「デュランさん、どうかしました?」
「……ここ、フェアリーと最初に会った場所なんだ。みょうな光に叩き起こされて、向こうの外れまで追いかけてさ……なつかしいな」
随分前の出来事だが、デュランはフェアリーが飛んで行く方向まで覚えていた。彼はフェアリーに取り憑かれた人間で、その分関わりも深く、他の人には隠したい心の内さえ見せていた。小さくて口が上手くて、気丈で心優しくて、いつも励ましてくれる存在だった。今やアストリアの宿は朽ちてしまい、フェアリーはマナの聖域で長い眠りに就いている。以前より世界は好転し、デュラン達も前に進んでいるが、振り返ると一抹の寂しさを感じずにはいられなかった。リースも、ふわふわ浮かびながらころころ笑う姿を思い出し、自然と目尻を下げた。
「……会いたいですね」
「まあな。頭ん中から声がするなんてのは二度とゴメンだけどよ」
デュランは照れくさいのか、塞がった両手で器用に頭をわしわし掻き乱した。したら、先般バットムに小突かれた傷が痛み、苛々しながら歩き出そうとした。ところが前のケヴィンに止められた。ホークアイは二刀のナイフを抜いている。囁き声で伝えた所によると、南に小さな橋があり、湖を渡って武器屋が一件建っているのだが、そちらに何かが隠れているらしい。
「オバケじゃないでしょうね?」
同じく事情を聞いたアンジェラが訝しむ。彼女の腰に付いたひらひらを頭から被り、シャルロットはどうにか姿を隠そうと頑張っていた。
「うう、なにもいませんように……」
「カールだといいけどな。……ケヴィン、君が行くか?」
ホークアイが目配せし、ケヴィンが頷いた。
「ウン。みんな、後でついてきて」
「気をつけてね」
背中からリースに声を掛けられ、ケヴィンは照れくさそうにした。あんな旅をしてあんな戦いをした後で、こんな廃屋の探索一つに神妙な顔をしているのは、思えば変な話である。唯一水に囲まれているためか、武器屋は他より原型を保っている。外れかけた扉の隙間を潜り抜け、ケヴィンはそろりと様子を窺う。結局外では待ち敢えず、仲間もぞろぞろと付いて来たせいで、店内は手狭になった。二つのランタンの火がぼやぼやと揺れ、焼け残った調度品や商品が朧な影を落とす中、十の目で慎重にカールの姿を探した。シャルロットはぎゅっと目を瞑っていたから見ていなかった。ケヴィン達が当てを付けたウルフらしき気配は、どうやらカウンターの奥か、裏の店主が使う部屋にいるようである。忍ばせた足音と、唾を飲む音さえ聞こえる緊張の中、唐突にがさりと音がした。シャルロットが引き攣った悲鳴を上げたものの、しがみ付いた勢いアンジェラの体に顔を押し当ててしまい、ふがふが言う変な音になった。デュランは怯まず、隣のホークアイにランタンを渡し、徐にカウンターに手を突いて奥を覗き込んだ。風化した炭が積もってざらざらしていたが、意に介さなかった。
「おまえ、カールだろ? どうしたんだよ?」
カールらしき獣の影が隅に隠れているのだった。忽ち全員が集まって、隠れていたシャルロットまでもが飛び出し、一斉にカウンターから身を乗り出そうとしたが、リースが諌めた。ぼろぼろの調度が軋んで崩れ落ちそうである。
「みなさん、落ち着いて……ここはケヴィンに任せましょ」
急に騒がしくなって驚いたのか、獣の影は身を固くし、部屋の角に一歩下がった。警戒しているが、攻撃性は無いようだった。此処はやはりケヴィンに任せるべきだろう。他の五人は静かに後退り、武器を構えたまま、成り行きを見守る事にした。ケヴィンは兄弟分を脅かさないよう、壊れ掛けた跳ね板の下に潜り、膝を突いて声を掛けた。夜目が効く彼は、既にカールだと分かっており、体を丸めて背を向けているのも薄ら見えていた。
「カール、どうした? だいじょうぶか? ケガしてるのか?」
ケヴィンが床に蹲うようにして目線を合わせ、はらはらしながら呼び掛けると、長い沈黙の後、獣は頭を低くしながら、のそりとカウンターの陰から歩み出て来た。驚いた事に、口には茶色の野うさぎを咥えているのだった。
「やだ、ウサギ!? 死んじゃってるの!?」
「う、うさちゃん!? そ、そんな、カールがやったんでちか!?」
アンジェラとシャルロットが殆ど悲鳴に近いような、甲高い声を上げた。野うさぎは首根っこを咥えられ、力なく手足をぶら下げている。ラビほどではないものの体が大きいため、長い足を床に引きずる形である。暗くて輪郭くらいしか判然とせず、死んでしまっているように見えた。呼び掛けられても、カールは静かに佇んだまま、鳶色の目を炯々と輝かせるだけだった。
「ひとりで狩り、できたのか! すごいぞ!」
一同慄く中、ケヴィンは喜色満面だった。記念すべき獲物をよくよく見ようとにじり寄れば、カールはその足元にそっとうさぎを横たえた。すると、うさぎは忽ち目を開き、慌てふためいて身を起こし、見事な跳躍でじぐざぐに人間を躱しながら猛然と逃げて行った。暗がりの唐突なる脱走で、見えていたのはケヴィンとカールしかおらず、他の仲間は何かが足元を駆け抜けた事しか分からなかった。カールは軽く尻尾を振って、獲物の元気な様を喜んで見送った。
「……どうやら、ウサギは無事だったようだな。みねうちだったか」
比較的夜目が利くホークアイは、すぐに状況を把握したらしい。ケヴィンは見えてはいたものの、予想だにしない顛末で呆気に取られていた。ぽかんとしながら、取り敢えずカウンターから出、立ち上がる。
「……手本見せる時、いつも生けどりにして、逃がしてた……カールもマネしたのか」
「師匠のお手本通りにできたじゃないか。カールは優秀だな」
ホークアイに褒められて、カールは満彼の足元に寄り、よしよしと頭を撫でられた。嬉しそうだが、ケヴィンの反応がないのは気になるらしく、何度も横目で様子を窺っている。カールが返事をしなかったのは、野うさぎを捕えて口が塞がっていたせいだった。姿を見せなかったのも、うさぎを連れ回して疲れさせないようにとの気遣いだったらしい。彼は獲物をケヴィンに見せるだけで良いと思っているのである。人里で平和に暮らし、労なく食事が得られるウルフにとって、狩りは遊びの延長に過ぎなかった。
「……ゴメン、オイラがまちがってた……」
反省したのはケヴィンである。必死で逃げる獣に対し、親犬が子犬にするような捕らえ方では上手く行く訳がない。しかし他ならぬ自身がその伝で獣を狩り、カールに手本として見せていたのだ。獣人の少年は、野生の獣としては駄目だろうけれど、狩りとしては成功だろうと考えた。手を伸ばすと、カールが頭をぐいぐいと押し付けて来て、額から首周りまで、存分に撫で回した。
「カール、よくできたな。一人前のウルフだ。オイラもうれしいよ」
これからも心配は尽きないだろうが、一先ずウルフとしての最大の懸案は解決したようだった。幼い頃からカールを守り、兄貴分として生きてきたケヴィンにとり、それは何より喜ばしい事であった。カールは為されるがままご機嫌だったが、終いには耳が痒くなったのか、思い切り頭を震わせた。ケヴィンが声を上げて笑った。
「ケヴィンしゃん。シャルロットにも、カールをだっこさせてちょ。さんざんしんぱいしたんでちからね」
シャルロットがケヴィンのズボンをちょっと引っ張った。服はまだ濡れていて、彼女は自分の前掛けで手を拭いた。カールに夢中になっていたケヴィンは、はたと心付き、おずおずと後ろに下がった。
「う、ゴメン……シャルロット、手伝ってくれてありがとう」
「どういたしまして。みんなにも、おれいしなしゃい」
そして頭を下げると、シャルロットはすれ違いながらえらそうに返し、カールの毛皮にしがみ付いた。こちらも濡れて何だか変な臭いがしていたが、意に介さなかった。カールは厚い舌でシャルロットの顔を舐め、相手をご機嫌にさせた。
「おやおや、カールってば、まっくろでちよ? おうちにかえったら、シャルロットがあらってあげましょうね」
お姉さんぶって体に付いた草を取る姿を見、ケヴィンはほっぺたを掻きながら、仲間の所に戻った。微笑ましい様をにこにこと見守っていたリースだったが、そばに来たケヴィンがランタンに照らされた拍子、くすくす笑い出した。
「ケヴィン、おひざが真っ黒だわ」
「え? ……あ、ホントだ」
濡れた服で焦げた家に膝を突いたせいで、ズボンに黒の継ぎ当てをしたようだった。ついで火の明かりで良く見ると、手も真っ黒だし、胴体と顔も薄ら汚れていた。当然ながら、デュランの片手も黒かった。
「やだー、私はだいじょうぶよね?」
アンジェラはホークアイに照らして貰い、くるりと回りながら全身を検めた。幸いこの廃屋に触らなかった者は無事だが、ケヴィンを見るに、煤まみれのカールに触れば移るようだ。
「……って事は、シャルロット……」
皆が注意を向けると、丁度シャルロットはカールに抱き付きながら、さり気なくカウンターの向こうへ隠れようとしていた。茶色い毛皮に金色のふわふわが埋もれている。
「……シャルロットは、カールとおフロにはいりまち。あ、あかりはいりまちぇんので」
もぞもぞした拍子に足の裏が見えたが、靴底は炭より黒かった。
「いやいや、遠慮しなさんなって」
「けっこうでち!」
つい悪戯心を出して、ホークアイがわざと近付くと、シャルロットはカールの背中に回り込み、乗っかるようにして、今度は帽子しか見えなくなった。ホークアイは視線でリースに嗜められ、ゴメンゴメンと謝った。
「おい、いつまでやってんだ? ……この分だと、朝までジャドで過ごすしかねえな」
すごい音がしたと思ったら、デュランが壊れたドアを蹴破って開けていた。アストリア湖に映る月明かりが、ほんの少しだけ屋内に差し込んだが、依然ランタン無しでは輪郭すら判然としない。夜明けは遠かった。
「ウェンデルのみんな、心配してないか? オイラ、勝手に出てきちゃったし……」
「メモを残しておいたから、きっとだいじょうぶよ」
ばつの悪そうなケヴィンに、リースが優しく答えた。しっかり者の彼女はウェンデルの人達を心配させぬよう、夜のアストリアに出掛けて来るとだけ書き置いたらしい。
「あー、つかれた。ジャドで何飲もっかなあ……」
アンジェラが嘆息し、朽ちてすかすかの壁に凭れようとしたが、煤を思い出し慌てて飛び退いた。諦めて杖に寄り掛かると、脆い床に小さな穴が開く。今にも崩れやしないか不安になり、彼女はさっさと武器屋を出て、皆に早く来るよう手招きした。その頃、シャルロットは漸くカールの拘束を解き、大きな欠伸をした。すっかり怖いのも忘れた様子だった。
「えー、シャルロットはかえりたいでち……おフロはあしたにしよっと」
「おい、洞くつの事忘れたのかよ? ……そういや、あいつら朝になったら大人しくなるんだろうな?」
滝の洞窟のバットム達を思い出し、デュランは剣呑な顔をした。ウェンデルの賑わいから昼間の通行は盛んなのだと想像出来るが、明るくなっても通り抜けに難儀するようであれば、最悪フラミーに頼んで運んで貰う事も考えられた。かかるほどに、今の時刻さえ分からないまま、皆痛かったり疲れたり眠かったりと散々だったが、肝心のケヴィンとカールが満面の笑みを浮かべるお陰で、何となく釣られて満ち足りた風だった。
「そういうのは後で考えるとして……とにかく、いったんジャドで休ませてもらおうぜ。オレなんかもう、立って寝られそうだよ」
と、ホークアイはダガーを仕舞い、ひらひら手を振った。割と本気だった。
「変ですね……あなた、夜行性だって言ってませんでした?」
リースが冗談めかして言いながら、長くて綺麗な髪を揺らし、ホークアイを抜かして先に建物を出た。デュランに追い立てられるようにして、シャルロットが続く。ホークアイもバンダナを直し、空元気を装って歩き出した。意外と全員が負けず嫌いで、ジャドに着くまで眠気を一切表に出さないよう、変な根比べが始まったのだった。後には一人と一匹が残った。ケヴィンは一人前になったウルフと目が合うと、屈んでぎゅっと抱き締めた。
「……オイラ達、しあわせだな。みんなやさしい、大事なトモダチ」
カールは尻尾を振り、わんと吠えてケヴィンの口を舐め出した。其処だけはどうしても変わらないようで、ケヴィンはくすくす笑った。
「カール、鳴き声、ちがうぞ。ウルフはこう……」
大きく息を吸って、手本を見せようとしたが、すぐに止めた。夜は静かに過ごすものである。また今度な、と頭を撫で回し、背中を叩いて出発を促した。