小休止の惑い

 ローラント奪還は無事成功し、ひょんな事から闇の精霊まで見付ける事が出来、六人の旅はとんとん拍子に進んで行った。次の目的は火と水の精霊であるが、長旅でいい加減物資が心許無くなって来たから、一旦バイゼルへ寄り道する事に決めた。したら、別行動を取っていたホークアイ達も同じように考えていたようで、着いた途端にばったり鉢合わせした。
 到着したのが夕刻だったので、ブラックマーケットが開くまでの少しの間、皆宿に入って適当に過ごしていた。デュランとリースは机に地図を広げ、これからどのような道程を経るか、三国に於ける動向を予測しながら計画を立てていた。そうして話し込む内、いつの間にか、自分達の国に如何にして攻め入るか、如何にして守りを固めるかの討論になっていた。デュランはあくまで一兵卒、リースもアマゾネス軍のリーダーとは言い条、知識も経験も未だ若輩であるから、おままごとのような想定だったが、暇は潰せた。二人で喧々諤々した挙句、ついにはナバールのホークアイまで呼び込んで、机上のフォルセナ攻略戦が始まった。ホークアイは戦況の想定を聞くなり、フォルセナ城の北、ミスト山脈の沿岸にまんまるドロップを置いた。
「万が一うちが攻め込むとしたら、たぶんここを通って行くんじゃないかな。山あいを抜けて奇襲だね」
 と、指先で飴玉を滑らせ、尾根の間を迂回するように、弓なりの道を描いた。それをデュランが手で遮る。
「おっと、そうカンタンに行かせるかってんだ!」
 ミストの辺りに港と言う港は無く、大軍が乗り付けるのは到底不可能であるし、そのような動きは駐留するフォルセナ兵からすぐさま看破される。仮に上陸したとして、フォルセナの守りをどう破ると言うのか。デュランが言い伏せてやると、ホークアイは得意気に指を振った。曰く、ナバールは少数精鋭が基本かつ、そもそもが盗賊団の一部であるからして、普通軍隊が取るべきような戦術はまるで当て嵌まらないのだった。諜報活動はお手のものだし、フォルセナの市民を装って斥候を送る事くらい造作も無いのだと。
「盗賊団をナメてもらっちゃ困るね。今だってオレの仲間達が、フォルセナにちゃっかり紛れこんでるかも分かんないよ」
 途端、デュランが勢い良く席を立った。流石のホークアイも焦ったらしく、口早に弁解する。
「たとえばの話だって! 今のナバールに、そんな余裕はないはずなんだ」
「お前らが言うとシャレにならねえんだよ!」
 フォルセナに駆け付けて忍者を蹴散らしてやろうと思ったが、そう言われて引き留まる。デュランは乱暴に椅子を引き寄せ、座り直した。ついで、今まで立っていたホークアイも、リースの隣に座った。アマゾネスの少女は気難しそうな顔で、別の飴玉を取り、大地の裂け目に置いた。
「スパイを使って撹乱した後、北と南の両方から、はさみうちにするつもりなのね」
「そういうコト」
「ローラントの時と同じやり方だわ」
「……すまん」
 ホークアイが何とも気まずそうに目を逸らす。当の本人は意に介した様子も無く、首を振って返した。
「いいえ。卑怯な手ではありますが、ナバールにとっては一番有効な手段なのでしょう」
「そうだろうな。どっちにしろ、奇襲を防ぐ手段を考えなければ」
 デュランも難しい顔で、机に頬杖を突いた。二人は姦計と言った手のものが嫌いで、ましてやその裏を掻く戦略など思い付きもしない。どうしたものかと、図面を眺めて考えていたら、ホークアイが南の飴玉を弾いてしまった。
「だけどフォルセナの場合、だまし打ちしても、その後が続かないんだよな。忍者軍がフォルセナの兵士と騎士達に勝てるとは思えないんだ。ほんとはローラントだって、眠り草がなきゃ失敗したろうし」
「そうみたいね」
 リースが頷いた。
「見た所、ナバール忍者軍は一人ひとりの能力は優れていますが、規模はそれほど大きくないようでした。だまし打ちさえ防げれば、あとはどうにかなるはずなんです」
「お前の言う通りなら、ナバールもフォルセナに攻め込んではこないだろうが……念のため、警戒しといた方がよさそうだな」
 地理的に考えても、わざわざナバールがフォルセナまで進軍して来る虞は無さそうである。ローラントの方も、二度と同じ手に引っ掛かる筈は無く、それでナバールの話は終わった。
「ねえ、まんまるドロップ返してちょうだいよ。今数えてるんだから」
 と、アンジェラの声が掛かった。彼女はベッドの方で、ケヴィンと一緒に荷物の整理をしている所だった。
「あ、ごめん、オレだ」
 それにはホークアイが応じ、いつの間に取ったのやら、片手いっぱいの飴玉を持って返しに行った。先程から舌っ足らずなお喋りが聞こえないと思えば、シャルロットは昼寝の真っ最中だった。布団から僅かに覗く桃色の帽子を見、デュランとリースは目笑して、再び地図へと戻った。
「アルテナはどうする? あんちくしょうども、空からでっかい船で奇襲してきやがるんだぜ」
 アンジェラに聞かれると怒られるから、デュランは少し声を低くした。
「ローラントは、アルテナに対しては有利ですね。風があるから、空中要塞での侵入は不可能です。魔導師達だと、山脈を越えるのも難しいでしょうし」
 リースはそう言いながら、曲がりくねった山道を指で辿った。仮にアルテナがパロを押さえたとして、険しいバストゥークの山々を進軍するにはかなりの手間を要するから、万全の構えを取ったローラント軍に迎撃される羽目になる。その上ローラントは遮蔽物が多く、得意の魔法も思う様撃つ事は出来ないだろう。
「フォルセナはそうも行かねえや。周りは山ばっかりだが、町の辺りはほとんど平地になってる。いい的だよな」
「だからこそ、アルテナは標的にしたのかも知れません」
「そっちとこっちで、交換できたらよかったのにな……」
「ほんとですよね……」
 二人で溜息をつく。獣人兵と盗賊団は占領が目に見えて失敗したせいで、今暫くは雌伏の一途を辿るだろうが、アルテナがどう出るかは全く以て未知数である。敵の狙いは英雄王只一人のようだが、進退窮まれば市民に危害を及ぼさぬとも限らない。その上、現状フォルセナの銀の騎士団が各国の動きを封じるべく尽力しているため、それを目障りに思ったアルテナが再び攻め込んでくる虞があった。ああでも無いこうでも無いと、対策を考えていたら、ホークアイが戻って来て、話を聞くなりこう言った。
「やっぱり、頭を叩くしかないと思うよ」
 軽い調子で言ってのけられ、デュランはかなりむっとした。
「アンジェラの母親を斬れって言うのか?」
「いや、違う。もう一人のほうだ」
 と、ホークアイは存外真剣に返した。
「紅蓮の魔導師の事ね」
 リースの言葉に彼は頷いた。しかしデュランの気は晴れそうに無い。
「あいつ一人を倒した所で、アルテナは侵攻をやめないだろうよ」
 先方は厳冬による資源の枯渇、生活の逼迫と言う大義名分があるのだ。紅蓮の魔導師が裏でどれだけ糸を引いているかはいざ知らず、フォルセナで英雄王に吐いた台詞からして、今度の争いは少なくとも女王の意向に依る筈だった。しかしリースはそうでは無いと言った。
「理の女王様の事は、聡明で心の優しい方だったと聞いています。そんな人がフォルセナを征服しようなんて、とても考えられないんです」
「陛下もそうおっしゃっていたな……」
「そうでしょ。きっと、何か理由があるんですよ」
 殺伐として来たデュランを解すように、リースは少し笑って頷く。
「もしかしたら、理の女王様も心を操られているのかも知れません」
「……だとすれば、やはり怪しいのは紅蓮の魔導師だな」
 ホークアイが容喙した。机に頬杖を突き、地図の下方、故郷の辺りを見下ろす。
「話聞いてるとさ、アルテナの状況って、以前のナバールと同じく思えてならないんだ。アルテナもそのうち、紅蓮の魔導師に掌握されかねないぞ」
「かも知れない。ヤツにはそれだけの力がある」
 フォルセナにとって理の女王は敵と呼べる存在だが、仲間の、アンジェラの母親だから、どんな人間であろうと絶対に傷付ける事は出来ない。諸悪の根源を紅蓮の魔導師と定める方が、デュランにしてみれば何よりも都合の良い話だった。そう考えれば気分は廓然とし、机に拳を置いた。
「ウダウダ考えたって仕方ないな。オレがいち早くマナの剣を手に入れ、魔導師のヤローをたたき斬ってやればいいだけの話だ」
 デュランが威勢を取り戻したのを見、二人も頷いた。
「そういう事だな」
「ええ。みんなで力を合わせて、がんばりましょ!」
 決意も新たに誓い合っていると、丁度荷物の整理も終わった所で、ケヴィンがこちらに来て、買い物の書き付けを寄越した。
「できたよ。これ」
「おつかれさま」
 リースが紙切れを受け取った。デュラン達とホークアイ達とで、それぞれが余分に持っているものを足りない方に分けてやり、どちらの組にも不足している物資をマーケットで買い足す予定になっていた。隣のホークアイが覗き込んでいるのを見て、読みやすいように、彼女は紙面をそちらへ傾けた。揃って溜息をつく。
「やっぱり、足りない物が多いんですね。ルクが足りるといいけど……」
「ビンボーってやだなあ……」
 デュランも逆さまに覗いてみたが、やはり回復のための食物や薬が不足していた。こちらもシャルロットの魔法があるとは言え、仲間達に極力怪我を負わせまいと、頻繁に治療を道具で補っているせいだった。ケヴィンも改めて読み返し、頭を掻いた。
「オイラ達も魔法が使えれば、もっとラクになるんだけど……」
「もう少しの辛抱よ。クラスチェンジができれば、きっと私達も使えるようになるわ」
 リース達がそう言い合っているのを見、デュランがちょっと軽口を叩いた。
「魔法もラクじゃねえんだぜ。すぐ治せるからって、ムチャばっかりしちまうんだ」
 自分なんかいつも生傷だらけだと、彼は他意無く話したのだが、聞いていた三人は深刻に受け止めたらしい。気遣わしげな視線が集まった。
「今更だけどさ」
 と、ホークアイが寝台の方を見やった。片付けをしているアンジェラが、不思議そうに見返して来た所を、声を低めて話す。
「さすがの傭兵くんでも、女の子を二人も守るのは大変なんじゃないか? オレ達の誰かと、交代した方がいいと思うんだが……」
「オレはどうだろうと構やしねえよ。あいつらが聞かないんだ」
 アンジェラはそもそもの目的がマナの剣入手であるから、どうやってもデュランから離れるつもりは無い。シャルロットの方も、マナの女神に願いを叶えて貰わない限り、ヒースも司祭も無事では済まないと意固地に思い込んでいる。だからフェアリーに取り付かれたデュランと一緒にいるのだった。あんまり大所帯でも身動きが取りづらくなるし、他の三人は別で目的があるわけで、デュランとしては組み合わせを変えようとも思っていなかった。
「オイラ、いっしょに行こうか? オイラのやりたい事は、いつでもできるから」
 ケヴィンが申し出た。珍しく婉曲な口振りで、カールの仇を討つとははっきり言わなかった。何か心境の変化でもあったのかと、デュランは少々気に掛かりつつも、提案には首を振った。
「そしたら、今度はリース達が心配だろ。お前はそっちについてやってくれよ」
 そういわれて、ケヴィンはやや首を傾け、同行者の方を見た。ホークアイもリースも苦笑していた。
「すまんね、弱っちくんで」
「弱っちくんでごめんなさいね。私達も、ケヴィンがいてくれた方が心強いわ」
「そうか。……ならオイラ、二人といっしょにいる」
 ケヴィンは照れ隠しに、軽く拳を鳴らした。どうやらお互いに仲間達を気に入っているようだし、尚更改めて分かれる必要は無さそうだった。にこにこしていたリースが、つと表情を改め、デュランを向いた。
「でも、デュランさん、くれぐれもムリはしないで下さいね」
「お前達こそ、気をつけて行けよ。治せるヤツがいないんだからさ」
「アンジェラとシャルロットの事、よろしく頼むよ」
 と、今度はホークアイ。
「お前こそ、ちゃんとリースの事を守ってやれよ」
 困った時はまた皆で相談しようと、取り敢えずは現状維持が決定し、全員が席を立った。
 シャルロットがまだ寝ているので、ホークアイ達には先に行って貰い、こちらは後から買い出しに出る事にした。それで起こす段になったものの、寝た子はなかなかしぶとくて、アンジェラが揺り起そうとしても、ベッドの端に転がって逃げられてしまった。
「シャルロット! マーケットが始まっちゃうよ」
「……あと、ごふん……」
「あれだけ寝たのに、まだ眠たいって言うのかしら」
 嘆息したきり、アンジェラは揺するのを止めてしまった。腰に手を当てて、仕方ないとばかりシャルロットを見下ろす。
「いい? 五分だからね」
「なに悠長な事言ってんだよ。いいから、早く起こせ」
 ころころ寝返りを打った挙句、布団が蓑虫みたいに巻き付いた姿を見、デュランはどうやって叩き起こそうか算段する。正統派に鼻を摘まんでやろうと決め、及び掛けたら、アンジェラに呼び止められた。
「ねえ。デュランって、どうしてリースにだけ優しいの?」
「何だよ、いきなり」
「なんで? どうして?」
 怪訝な顔で反問するも、アンジェラはしつこく聞いてきた。デュランとしては、別にリースに優しくしているつもりは無い。相手がいつも真摯で温厚だから、いくら気の荒い彼でも、やり返すような切っ掛けが無いだけだった。
「別に、いじわるくする理由がないからだよ。仲間なんだから、当たり前だろ」
「あっそ。……たしかに、リースってやさしくておしとやかでかわいいもんね。あんた、話してて楽しそうだし」
 口振りに妙に棘がある。アンジェラが突っ掛かってくるのはいつもの事だが、デュランの性格上、お座なりにかわすのは無理だった。
「ほんと、色んな所から因縁つけてきやがるな……」
「因縁じゃありません!」
 と、彼女はえらそうに答えた。
「私がもし、リースみたいにおしとやかだったら、あんたもちょっとは優しくなるかも知れないでしょ?」
「そんなにひどいか、オレって?」
「ひどくはないよ。でも、やさしいわけでもないよ」
「言ってくれやがるぜ!」
 言い合っている内、シャルロットが目を覚ました。拱いて睨み合う二人を見、忽ち身を起こし、にじり寄る。
「なになに、どちたの? シャルロットにもおせーてちょ!」
 すると、むくれていたアンジェラが、仲間それぞれの顔を見比べ、立ち所ににんまりした。ちょっと屈んでシャルロットの口元に耳を寄せ、何やら内緒話をする。話を聞くなり、シャルロットもにやりと笑った。
「ほほーう。それはなかなか、おもしろそうでちね。シャルロットもきょーりょくしまち」
「でしょ! デュランだって、私達の事を見直すわ」
 と、アンジェラはますますにっこりした。
「何だか知らんが、やるってんなら受けて立とうじゃねえか!」
 デュランの方は未だ機嫌を損ねたままである。拳を鳴らすも、二人からにこやかな笑みで受け流され、気味の悪さに怒るつもりも失せてしまった。
 それで二人は、リースのようにお淑やかで優しい女の子になったらしい。元気でお喋りなだけで、女らしからぬとか優しく無いとか思った例は無いのだが、とにかく大人しくなった。シャルロットは単なるお遊びで清楚を気取っているようだが、どうやらアンジェラの方は、デュランからの待遇に不満を持っているのだった。デュランは別に、特別誰かに親切にした覚えは無いし、彼にしてみればアンジェラの方が余程、他の仲間とデュランに接する態度が違って見える。歯に衣着せぬ物言いで喧嘩を売る事も、下らないわがままを言い出す事も無く、皆と和気藹々と買い物を楽しむ姿を見たら、つくづくそう思った。