そちらさんとこちらさんでごっつんこ

 鈍く光る大砲を前に、デュラン達は固唾を飲んだ。照準は北西の空に向いており、発射の準備は整っている。
「……ほんとに、これに乗っていくの?」
 アンジェラが砲身を手の甲で叩き、訝しげに着火口を見下ろした。中にはニトロの火薬がたんまりと充填されている。シャルロットはデュランの肩に乗り、そっと発射口を覗き込んだが、底知れぬ内部の暗闇を見、弾かれたように頭を引っ込めた。慌てて兜をはたき、下ろしてくれるよう合図する。石畳の上に足が着くと、彼女は不安げに顔を歪め、デュランのズボンを引っ張った。
「デュランしゃん。そらからおちると、すご〜くいたいんでちよ。……やっぱり、やめときまちぇん?」
「しっぱいして、バクハツしたりしないでしょうね? あのおじさん、なんだかあやしいもの……」
 アンジェラが家の裏木戸を一瞥した。一見すると何の変哲も無い家屋だが、屋根に突き刺さった大きな風見鶏と、裏庭に放棄された得体の知れないがらくたが、異質な様相を醸している。此処に住む自称錬金術師が、この大砲の作者だった。大ざっぱなドワーフが山ほど寄越したニトロの火薬を、彼は殆ど大砲に費やしてしまった。試作品で威力に欠ける分を、大きさと量で補うのだと言うが、まかり間違って暴発でもすれば、マイアの町ごと吹き飛びそうだった。室内にいる錬金術師の妹、ボン・ソワールも、心配そうに眉を顰め、窓からこちらを見詰めていた。彼女の視線を受け、アンジェラは剣呑な顔でデュランの方に目を向けたが、彼は既に腹を括っていた。
「しょうがねえだろ。他に道がないんだ」
 デュランとて気が進まないものの、躊躇う時間すら惜しいくらいで、手段を選んでいる場合では無い。只でさえ、火薬を手に入れるため、散々道草を食わされたのだ。しかしながら、アンジェラ達は未だ心の準備が出来ていず、ぐずぐずと出発を先延ばしにした。
「フォルセナって、つり橋がおっこちちゃったらおしまいなの? 他に道があるんじゃない?」
「なら、大地の裂け目をおりて、ドラゴンと戦うか?」
 話によれば、大地の裂け目の奥深く、宝石の谷ドリアンを経由して行けば、吊り橋を渡らずともフォルセナに辿り着けるらしい。しかし宝石の谷と言えば、龍を始めとした強力な魔物が跋扈する難所である。いかな無鉄砲のデュランでも、今の自分らで太刀打ち出来るとは思っていなかった。
「ど、どらごん……」
 伝説の魔物の名を聞き、シャルロットは恐れ慄き、流石のアンジェラもたじろいだ。
「そんなの、イヤにきまってるじゃない! もっと、他に……」
「ドラゴンか、大砲か。好きなほうを選べ」
 相手の言葉を遮り、デュランは強引に迫った。負けじと、アンジェラも眦を吊り上げ、一字一句はっきりと言い直した。
「……他に、道はないわけ?」
「ない」
 デュランは断言した。アンジェラは半眼で、挑み掛かるように彼を見詰めたが、その程度で引くデュランでは無い。二人で睨み合っていると、シャルロットが背伸びしながら、アンジェラの腰のひらひらを引っ張った。
「アンジェラしゃん。どらごんにまるかじりと、じめんにどっかんなら、じめんのほうがいいでちよ」
 物凄く痛いが、少なくとも生き延びられると囁いた。アンジェラは腕組みして、長い事デュランを睨め付けていたが、一旦シャルロットに目をくれた。シャルロットの、今にも泣きそうだが、決意に満ちた表情を見、彼女もついに諦めた。大きな溜息をつく。
「……わかった」
 一往は了承したものの、アンジェラは如何にも悔しげに拳を握った。
「何かあったら、デュランに責任とってもらうからね!」
「上等だ。土下座でもなんでもしてやろうじゃねえか!」
 啖呵を切り、デュランは早速錬金術師を呼びに行こうとした。ずかずかと荒々しく歩み寄り、扉に手を掛けた途端、内側から戸が開き、押された彼はちょっとよろけた。出て来たのは背の低い親父である。錬金術師、ボン・ボヤジは上機嫌で、立派な髭を何度も撫で付けた。
「さて、しょくん! じゅんびはいいかね?」
「じゅんびばんたん、くるならこいでち!」
 シャルロットが空中に拳を繰り出した。畢竟デュラン達は実験台のようなものだが、ボヤジとて、失敗して三人が怪我をしたり、明後日の方向へ飛んで行ったりするような事態は、なるべく避けたいと思っているらしかった。発射に際してはボヤジの指示に従い、体を砲弾のように丸め、着地するまで姿勢を保ち続けるようにとの注意を受けた。そしていよいよ出発、と言う段で、ボヤジは大砲のボルトを締めたり、火薬を追加したりと、今更になって整備を始めた。刻々と時間が経つにつれ、三人の不安はいやまし募ったが、ひたすら待つ他無かった。作業を終え、ボヤジは額の汗を拭ったが、ふと気付いて周囲を見回した。
「ん? たいへんだ、火、火がないぞよ!」
「ちょっとー、やるなら早くやってよね!」
 文句を言いながら、アンジェラは足元の木切れを拾い、ウィスプの光を細く絞って照射した。木切れは小さな黒点を描き、微かな煙を上げたきり、なかなか変化が起こらなかったが、唐突に炎を上げて点火した。煌々と燃えるそれを、憤然と親父に突き付ける。
「おお、ありがたい!」
 ボヤジは一瞬のけぞったが、木切れを受け取り、松明のようにして掲げた。アンジェラはまた溜息をつき、眉間に手を当てた。
「こういうの、墓穴をほるって言うのかしら……?」
「これで準備は万端じゃ! さあ、入った入った!」
 と、ボヤジは大砲尾部の取っ手を引っ張ったが、踏ん張っても開かなかった。其処へデュランが手を貸してやり、力任せに引っ張ると、耳障りな音を立てて後部が口を開けた。中は真っ暗で重苦しく、拷問具か何かのように見えた。デュランは躊躇う仲間を押し込み、最後に入ったが、砲身がやや斜め上を向いている上、取っ掛かりになるようなものが何も無いせいで、中で滑り落ちる形になってしまい、二人に押し戻されて進めない。その背後から、ボヤジが無理矢理扉を閉めると、内部に闇が立ち込め、火薬と油の混じった変な匂いが充満した。
「せまいでち〜……」
「いたっ! だれか、私の髪をふんでない?」
「いてて……ほんとに、これでいいんだろうな?」
 三人の呻き声が鈍く反響した。丸くなれとの指示を受けているが、何も見えず、動く事すらままならない。難儀していると、徐に砲身が天を向き、ますます押し潰されて苦しくなった、デュランは二人と扉に圧迫され、息をするのもやっとだった。
「うわ、重い!」
「しつれいね、重くないわよ!」
「もう、なにがなんだか、でち……」
 精一杯もがきながら、上方から差し込む微かな光を頼りに、体を折り畳もうとする。苦心した挙句、漸く膝を抱える事が出来たと思ったら、外から何やら張り上げるような声が聞こえた。ところが、内部は衣擦れさえ喧しく、外部の音などとても耳に入らなかった。
「ちょっと待て! 何か聞こえないか?」
 デュランが大声を出すと、大砲の中でわんと木霊した。
「え? なにが?」
「きこえまちぇ〜ん……」
 頓珍漢な二人を無視し、分厚い鉄に耳を付け、外部の音を聞き取ろうとした。確かに何か喋っている。あれは多分、ボン・ボヤジの声だ、と言い掛けた刹那、背中が痛いほど熱くなり、爆発と共に吹き飛ばされた。閃光と轟音の影響で、視界が変な色の影に包まれ、何の音もせず、ただ奇妙な浮遊感と、体が風を切る強い圧力を感じるばかりだった。其処で漸く空中に放り出された事に気付いたデュランは、慌てて体を丸め、後は上手い事着陸出来るのを祈るしか無かった。しかし、今一つボヤジを信用しきれなかった彼は、引っ込めていた頭を出し、周囲の様子を確認した。緑と紫と黒の入り混じったもやが差す、目まぐるしく回転する視界の隅に、見慣れた城壁と町並みが映った。しかし位置がおかしい。西に逸れている、と思っていると、目の前を巨大な影が遮り、凄まじい衝撃と共に弾き飛ばされ、地面へ引きずり落とされた。何が起きたかさっぱり分からぬまま、短い草の中に叩き付けられ、背中と後頭部が酷く痛んだ。デュランはすかさず身を起こし、依然変な影の掛かった視界で状況を把握した。するとすぐ近くに、額にバンダナを巻いた長髪の男が、上体を起こして後頭部を撫でているのが見えた。どうやらこれと衝突したらしい。
「あーん、もう! いったい何なのよ!」
 アンジェラが甲高い声を上げた。金髪の少女とぶつかったようだが、幸いにも怪我はしていないらしい。視線を巡らしシャルロットを探すと、金髪の屈強な男に抱えられており、男は痛烈な顔で辺りを跳ね回っていた。差し当たり仲間の無事を確かめると、デュランは衝突した相手に向き直った。しかして相手を睨め付けたまま、弾みを付けて立ち上がり、大きく息を吸った。
「いってえな!! どこ見てやがんだ、この石頭!」
「その言葉、そっくりそのままお返しするよ」
 凄みを効かせたつもりだが、相手はまるで動じていない。バンダナの男も立ち上がり、怖めず臆せずデュランを見返した。そのおデコのやつにぶつからなくて良かったと、デュランの兜に目をやりながら、顰め面で後頭部を擦る。怒鳴るだけ怒鳴ると清々して、冷静になったデュランは、漸くまともに見えるようになった目で、改めて相手の風貌を見た。男の方も目を眇める。青いような紫のような、それとも銀髪か、変わった髪の色をした男で、容姿からすると砂漠の出身である。何処かで見た顔だった。
「あ!」
 ふと閃いて、互いを指差した。
「あんた、ジャドで会った……」
 声までもが重なった。目の前のバンダナも、金髪の二人も、城塞都市で足止めを食らっていた人物に相違無かった。
「なーに? 知り合い?」
「おともだちでちか?」
 アンジェラとシャルロットはきょとんとしていた。どちらも体中煤まみれである。シャルロットを下ろした金髪の男は、その場に座り込み、眉根を寄せて自身の裸足を見ていた。
「ケヴィン、だいじょうぶ?」
「シャルロット、ケガはない?」
 アンジェラと金髪少女が声を揃えた。シャルロットは笑顔を浮かべ、男の方の金髪を指差した。
「だいじょうぶ。このひとが、ないすきゃっちしてくれまちた!」
「足、いたい……」
 金髪の声は低いが、思ったよりも子供っぽかった。
「おーよちよち。いたいのいたいの、とんでけ〜」
 と、シャルロットが彼の頭を撫でた。今は情け無い顔をしている筋骨隆々の男は、飛んで来た彼女を空中で受け止め、見事に着地すると言う離れ業をやってのけたのだった。およそ人間業では無いと、唖然としてそちらに注意を向けており、デュランはバンダナにじろじろ見られている事に気付かなかった。兜の先から爪先まで視線を送ると、彼は訝しげに、今一度デュランの顔を指差した。
「……ひょっとして、君が、フェアリーにえらばれた勇者だったり?」
「まあ、そういう事になるらしいな」
「ほんとうか!?」
 バンダナは目を見張り、みるみる表情を綻ばせた。対するデュランは困惑するばかりである。
「おい、へんな期待をするんじゃねえぞ。オレがそんな目にあったのは、ただの偶然で……」
「すごい偶然もあったもんだ!」
 と、彼は弾んだ声を出し、自分の連れに声を掛けた。
「みんな、やったぞ! この人が聖剣の勇者だったんだ!」
「えっ、ほんと?」
 金髪少女が顔を上げた。へたり込んだまま、互いのたんこぶを確認していた彼女とアンジェラも、立ち上がってこちらに来た。アンジェラはちんぷんかんぷんな顔で、デュランに責めるような視線を寄越したが、デュランとてさっぱり状況が読めない。金髪に青い目の少女は、伝説の騎士にでも出会したような反応で、一心にデュランの顔を見詰めていた。
「この人が、聖剣の勇者……」
「うわさには聞いていたが、ずいぶんかわいらしいお連れがいるんだな」
 と、バンダナはアンジェラとシャルロットに笑い掛けた。丁度シャルロットもこちらに来た所だった。
「えへへ、そんな……それほどでも、ありまちけど」
 シャルロットは照れて帽子をいじくったが、アンジェラの方は喜ぶどころでは無く、煤だらけの顔で、むっつりしたまま腰に手をやった。
「失礼だけど、あなた達、いったいどちら様なの?」
「おっと失礼。自己紹介がまだだったか」
 少々気取った風で、バンダナは服の埃を払い、襟を正した。続いて、一同を遠巻きに見ていた金髪の男を、手招きして呼び寄せた。金髪は緊張した面持ちで、連れの二人の間に立ったが、彼らに何やら囁かれると、忽ち表情を明るくした。こう並んでみると、バンダナはデュランとそう変わらないが、逞しい男は意外と背が低く、良く見れば少年のような顔立ちをしていた。さて対面したは良いものの、誰から先に紹介したものか、全員が譲り合うような雰囲気になった。一瞬妙な間が空いたが、シャルロットがにっこりと笑い、いの一番に名乗りを上げた。
「シャルロットのおなまえは、シャルロットちゃんでち。うぇんでるから、だ〜いすきなヒースをさがしに、はるばるここまでやってきまちた」
 舌足らずな声に、金髪の少女が微笑ましげに目を細めた。バンダナも愛想の良い笑みを浮かべながら、屈んで片膝を突き、シャルロットと目線を合わせた。
「ごていねいにどうも。おちびさん、君はいくつになるんだい?」
「おちび!?」
 いきなり逆鱗に触れられ、シャルロットが目を見張り、忽ち頬を膨らませた。
「おちびじゃありまちぇん! シャルロットはじゅーごさい、おとしごろの、かれんなおとめでち!」
 風船のような顔に詰め寄られ、バンダナの男が鼻白んだ。
「えっ、マジ?」
「じゅ、十五さいだったの……」
「オイラと同い年……」
 三人とも絶句していた。暫く目を丸くしていたものの、失礼に当たると思ってか、金髪の少女はすぐに平静を装った。頭に付いた羽飾りを撫で付けてから、礼儀正しく頭を下げ、胸元に手をやった。
「私はリースと言います。ローラントのアマゾネスです」
「アマゾネスか。評判はフォルセナまでとどいてるぜ」
 デュランが反応した。それと言えば、音に聞こえる風の国の精鋭である。柔和で大人しそうな印象を受けるが、彼女も噂に違わぬ槍の名手なのだろう。リースは寂しげに微笑し、デュランを見上げた。
「あなたは、フォルセナの……?」
 アマゾネスと同じく、フォルセナの剣士の噂も異国に広まっているらしい。デュランは誇り高い気持ちで、しかと頷いた。
「オレはフォルセナの元傭兵だ。名前はデュラン」
 言ってから、デュランは少々面倒な名乗りをしたと思った。頭に元と付くならば、其処に至った経緯を話す必要が出る。追々話せば良いような気がしたが、彼らと長い付き合いになるとは限らないのである。
「オレはホークアイ。ナバールの、元シーフ……ってとこかな」
「オイラ、ケヴィン! 獣人だけど、半分、人間」
 対する男二人も、含みのありそうな肩書きを名乗った。かなりの練達と見え、特に金髪のケヴィンの方は、只ならぬ風格を醸し出していた。
「トモダチ、ふえた。よろしく!」
 嬉しそうに手を差し出して来たケヴィンに対し、負けず嫌いのデュランは、一丁見せ付けてやろうと、握った手に思い切り力を込めた。ところが、相手は無邪気に笑っており、全く気にした様子が無い。やはり只者では無いと関心しつつ、今度はバンダナの男、ホークアイと握手し、渾身の力で握り潰そうとした。すると相手も乗って来て、一頻り踏ん張って力比べをする。デュランと同じ、刃物を扱う物の手で、根性も引けを取らなかった。こいつも相当のつわものだと、肩で息をしながら、互いに戦士として認め合った。それで、デュランとケヴィンとホークアイは打ち解けたのだった。その傍らで、アンジェラとリースも話をしていた。灰被りの体に漸く気付いたようで、アンジェラはハンカチで足を拭いており、それを手伝って、リースが顔を拭いていた。
「ふうん……あなた、ローラントの王女さまなんだ」
「ええ。国が没落してしまって、今はちがうんですけど……」
「私と同じだね。私も、お母様に捨てられちゃったから、今は王女じゃないの」
 二人にも相通じる所があったらしい。暫く話し込んでおり、自己紹介も内々で済ませてしまっていた。蚊帳の外に出されたシャルロットは、羨ましそうに彼女らを見上げた。
「なんだか、たのしそうでちねえ」
「あの子、ジャドで見かけた気がするな……あのおじょうさんは、何て言うんだ?」
 ホークアイがデュランに尋ねた。
「私はアンジェラ! よろしくね!」
 聞こえていたのか、アンジェラがこちらに向かって手を挙げた。ホークアイが手を振り返すと、気を良くしたアンジェラは、自分の掌に口付けて、飛ばすような仕草をした。
「ほんとに、かわいらしいお連れだな」
 少し笑いながら、ホークアイは感心したように言った。危険な旅には似つかわしく無い顔触れに、意外性を感じている風だった。デュランも始め、こんな仲間で大丈夫なのかと思っていたが、今は違う。
「人は見かけによらないもんだぜ」
「そのとーり。きれいなばらには、とげがあるんでち」
 シャルロットが得意気に肯じた。
 他の仲間にも言える事だが、アンジェラは寝付きが良く、一旦眠りに就いたらなかなか目覚めない。彼女はジャドのマスターに事情を聞いた後、早々に床に就き、夜までぐっすり眠っていたらしい。唯一起きたのは、デュランの接近に感付き、彼を突き飛ばして追い払った時だった。故、ホークアイ達三人は彼女に見覚えがあった一方で、当のアンジェラは知らぬ存ぜぬだったのだ。
 体の煤を落とし、全員の目通りが済んだ所で、ホークアイが本題を切り出した。
「君達は、これからどこに向かうつもりなんだ?」
「フォルセナの英雄王様に、マナストーンの事をうかがうつもりだ。それと……アルテナがこのあたりをうろついてるって情報を、陛下にお伝えしたい」
 火薬のいざこざで余計な足止めを食ったせいで、後者はもはや手遅れかも知れない。アルテナの狙いはマナストーンのようだが、以前紅蓮の魔導師が斥候に訪れた事からして、フォルセナに侵攻して来る可能性は十分にある。フォルセナ城には腕利きの騎士や兵士が詰めており、アルテナ風情にしてやられるような事は無かろうが、争いが起これば人は傷付く。ましてや、奇襲攻撃を受けたとなれば、尚更被害は拡大するだろう。アルテナの多勢を前に、デュランの力など高が知れているが、故郷のために微力ながらも助太刀したかった。デュランの話を聞くと、アンジェラは目を伏せ、ホークアイとリースは真剣な面持ちで手元を見下ろした。
「やはり、世界に戦火が広がりつつあるのか……」
「フォルセナまで、あんな目にあわせるわけにはいきません。私達もごいっしょします!」
 二人は目配せして頷き合い、傍らのケヴィンに合図した。ケヴィンは戦争と言う災厄について、今一つぴんと来ないようだが、二人の様子を見、事の重大さを悟り、表情を引き締めた。
「ちょっと待ってくれ」
 と、デュランは逸る相手を遮った。
「お前達の目的は何だ? なぜ、オレ達に手を貸そうとする?」
 聖剣の勇者を見付けて喜んだと思えば、争いを憂いて食い止めようと勇み立つ。悪い奴には見えないが、目的の読めない三人組だった。リースは澄んだ瞳で、真っ直ぐにデュランの方を見た。
「私達は、聖剣の勇者の旅を手伝いたいんです」
「もちろん、無償のご奉仕ってわけではないよ。マナの女神様に、オレ達の願いをかなえてほしいんだ」
 と、ホークアイ。
「オイラ達、大切な人、助けたい」
 ケヴィンも口を揃えて言った。下心があると卑下するが、その瞳はいずれも廉直な輝きを秘めていた。良い目をしていると、デュランはしばしば人から褒められる事があったが、彼らのような目を指して言うのだと、漸く理解した。
「シャルロットとおんなじでち……ひとごととは、おもえまちぇん」
 シャルロットが独り言ち、デュランのズボンを引っ張った。
「デュランしゃん、みんなでいきまちょ。このひとたち、ほっとけまちぇんよ」
「オレはかまわんが……」
 別にアンジェラとシャルロットが不満なわけでは無いが、旅をするならば、彼らのような戦士を伴うものだと思っていたのだ。故、デュランは歓迎するつもりだが、問題は仲間の意向である。デュランはアンジェラに目を移し、意見を問うた。彼女は瞬いで、不思議そうに首を傾げた。
「……あ、もしかして、私に聞いてる?」
 デュランが何か言う前に、シャルロットが彼女に擦り寄った。
「アンジェラしゃんは、とーぜん、おっけーでちよね。ね?」
「うん」
 アンジェラはにっこりして、仔細ありげにリースと目配せし、リースも嫣然と笑って返した。意に沿わぬものは断固として拒絶する彼女だが、今回は気に入ったようだった。大方予想は付いているが、デュランは一往、最後の一人にも尋ねてみた。
「おまえはどう思う?」
 と、自分の眉間の辺りに向かって話し掛けた。
「私に聞かなくても、どうするかは決まってるんじゃない?」
 鈴のような声が返った。デュランの鼻先に、青い光の輪が灯り、中心に、膝を抱えたフェアリーが現れた。水の中で泳ぐように、丸めた体をくるりと回転させる。機嫌が良いようだった。彼女の登場に、ケヴィンとリースは目を丸くし、ホークアイは口笛を吹いた。
「こいつはおどろいた! ほんとうに、フェアリーがとりついてるんだな」
「とりつくって言い方は、フェアリーさんに悪いんじゃないですか?」
 リースにそう言われ、ホークアイは彼女の方を見た。
「そうかい?」
「気にしないで。たしかに、私が勝手にとりついてるんだから」
 と、フェアリーは苦笑した。その頃には、デュランは彼女に取り付かれている事について、嫌だとか厄介だとかは思わなくなっていた。そんなデュランの胸裏を読んだのか、フェアリーはちらりと彼を顧みて、虹色の羽を翻した。
「みんなの話は、デュランの中で聞いていたわ。これから、よろしくね」
 彼女は膝を抱えた姿勢から、直立になり、青いスカートを摘まんで清楚な礼をした。そして悪戯っぽく笑いながら、新たな仲間達の周囲を飛び回り、順番に挨拶した。
「長いつきあいになるかもな」
「いっしょに旅ができて、うれしいです」
「フェアリー、よろしく!」
 と、ケヴィンが手を差し出した、フェアリーはちょっと迷って、彼の人差し指を両手で包んだ。ケヴィンは手を小さく上下に振り、握手の代わりとした。かかるほどに、互いに与えた心証はこの上無いものだった。七人もの大所帯となれば、一つ話すにも七通りの反応が返り、ともすれば会話が引っ切り無しに続くものである。足を止め、お喋りに興じようとした仲間達に、デュランは先を急ぐよう促した。
「くわしい事は、歩きながら話そうぜ」