後

 高原は何処までも続く。雲の少ない真っ青な空の縁、北の果てにはミスト山脈が広がっており、歩けど歩けど一向近付いた気がしない。草原は波打つような起伏を描き、遠目からはなだらかに見えるが、いざ歩いてみると結構な勾配がある。緩い下りだと思って歩いていると、いきなり断層に当たって落ちそうになったり、木々が林立して見通しの悪い先は、ビーが戯れる花畑だったりと、モールベアの他にも思わぬ障害に見舞われた。
「うう、おはなばたけでち……」
 段差の下を覗き、シャルロットが身震いした。始めは綺麗だと言って喜んでいたが、得てしてビーの溜まり場であると知ってからは、恐ろしい敵の坩堝だとしか思えなかった。ビーと言うのは、有り体に言えば女の姿をした蜂である。大抵は下っ端であるギャルビーが、巣の材料や餌となる花粉を集めて飛び回っており、上位のビーが姿を見せる事は滅多に無い。監督となる上級種がいなくとも、それらは槍兵として統制が取れており、大抵は小隊規模の集団で行動を共にしている。厄介な事に、群れには必ず哨兵が置かれ、こちらが気付いた時には既に、軍勢が戦闘態勢を取った後なのだった。
「よし、下りるぞ」
 剣を持ち直し、デュランが仲間に声を掛けた。
「下りたら、花畑まで全力疾走! だろ?」
 ホークアイが楽しそうにナイフを構えたので、デュランもにやりと笑った。
「よく分かってんじゃねえか」
 此処では少々分が悪い。平地に向かって走ると同時に、足の遅いアンジェラとシャルロットを庇う形になる。皆で軽く息を整え、せーので一斉に断層を飛び降り、蓮華草を蹴散らしながら一目散に駆け出した。俊敏なケヴィンとホークアイが、蜂起したギャルビーの軍勢を挟撃し、中心にデュランとリースが割って行って陣形を乱した。槍兵など肉薄すれば恐るるに足りず、デュランは切り上げてビーの腹部を裂き、返す刀で袈裟切りにして倒した。続き、長物同士で距離を詰めあぐねるリースの所へ向かう。一瞬ビーが気を取られた隙に、リースが三叉の槍で相手の武器を絡め取り、腕ごと引っ張った所で、デュランがビーの首を斬った。当たり所が良すぎて首が飛び、緑の血が勢い良く噴き出した。リースが目を剥いたが、デュランは構わず、胴体を蹴飛ばして血飛沫を退けた。
「アンジェラの援護を頼む」
「は、はい」
 転がった首を避けるように、リースは一旦後へ下がり、アンジェラを背後に控え、右翼の部隊を迎撃しようと掛かった。アンジェラに目配せすると、彼女は心得たとばかり、魔法の詠唱を始める。リースが槍で敵を斬り、十分に引き付けた所で、アンジェラが光弾で焼き殺した。並の武器より距離を取れる分、魔法で狙いを定めやすいようだった。デュランは引き続き敵陣の真ん中で戦ったが、数の多い群れでは無く、瞬く間に散開して兵力を失った。
「おーい、そっち行ったぞ!」
 デュランがギャルビーを背後から蹴倒していると、左翼からホークアイの声が掛かった。ギャルビーは羽を傷付けられたらしく、よろめきながら引き上げようとしたが、デュランを見るなり身構えた。元々高くは飛べない虫だが、今や尾部を引き摺っている。デュランが距離を詰め、懐に入ろうとした所を、相手は跳んで後へ退き、下段に構えた槍を振り上げた。腹を掠ったが、デュランは怯まず踏み込んだ。ギャルビーは槍を斜に構え、突き飛ばそうとして来たが、デュランは体を捩って剣を引き、相手の体を突き通した。刀身が正中を捉え、見事に胸を貫いた。ギャルビーは剣を掴んだものの、力及ばず、掌と口元から緑の血を流して息絶えた。人型の魔物はどうも気持ち悪いと、デュランは嫌な顔で剣を抜き、くずおれる死骸から距離を取った。どうやら蜂は片付いたようだった。
「デュラン!」
 ケヴィンの声が飛んだ。デュランが振り向こうとした矢先、背中を思い切り棘々にどつかれた。倒れそうになったが、一歩踏み出して踏ん張った。すぐさまケヴィンの走る先を見れば、丸まったモールベアが勢い良く転がっており、それをケヴィンが猛然と追い掛けているので、デュランも負けじと走り出した。もぐらはげんげ畑を抜け、断崖のそばまで転がると、土壁を蹴って方向転換し、再びこちらに襲い掛かってきた。ケヴィンは容易く身をかわし、デュランは靴底の鉄板で相手を蹴飛ばし、弾き返した。モールベアは弾みながらてんてんと転がり、暫く固まっていたが、やがて様子を窺うべく防御の姿勢を解いた。其処へ待ち構えていたケヴィンが、鼻先を引っ掴み、地面へ叩き付けた。鋭い爪で引き裂く間も無く、背中の針が草原にめり込み、モールベアは裏返された亀のようにもがき始めた。敵が抜け出せないのを見ると、ケヴィンは細く息をつき、構えを解いた。
「おい、まだ生きてるぞ」
「いいよ。もう戦えない」
 それきりモールベアには目もくれず、ケヴィンは周囲への警戒を続けながら、仲間の元へ歩いて行った。デュランは強者の余裕を見た。
 緩やかな斜面に広がる、一面の蓮華草畑だが、花は散々踏み荒らされた上、ビー達の死骸と血が夥しく散らばり、酷い有様だった。魔物は人間の血の匂いに引き寄せられるが、同族の血の匂いを忌避するきらいがある。見苦しい光景ながら、体勢を整えるには丁度良かった。ホークアイはナイフを仕舞い、何故か穴に嵌っているシャルロットの、じたばたともがく足を引っ張って、助け出してやっていた。そしてこちらに戻って来ると、リースを見てぎょっとした。
「うわ、リース! 血だらけじゃないか!」
「いえ、私はだいじょうぶ……。ギャルビーの血です」
 と、リースは自分の槍を見た。虫なので体液が緑色をしている。
「そういう問題じゃなくてさ……」
 ホークアイは自分の懐を漁ったが、何も見付からず、今度はズボンの腰の両脇を叩いたが、やはり何も入っていない。気まずそうな顔で、リースの方を見た。
「何もねえや……悪いけど、何かふくものを持ってないかい?」
「ええ、ハンカチなら」
「ちょっと借りるよ。はい、目つぶって」
 ホークアイはリースからハンカチを借り、彼女の顔に付いた血を丁寧に拭ってから、首や肩口の飛沫も落とした。額のサークレットは少々強めに磨かれ、宝石の輝きを取り戻した。拭かれる間、リースは大人しく目を瞑ったまま、じっとしていた。
「これでよし、と。もういいよ」
「ありがとう」
 閉じていた目を開き、いつも通りの愛らしい笑顔を浮かべたリースに、ホークアイも笑って返し、デュランの方へ目を側めた。
「デュラン、君もふいた方がいいよ」
「ん? ああ」
 差し出されたハンカチを断ったデュランは、多分首を刎ねた時の返り血だろうと思い、頬を手で拭った。その間、アンジェラとシャルロットは隅の方でこそこそと動いており、其処で漸く一同に加わった。二人はデュランの顔を見るなり、驚いて口元に手をやった。
「やだ、何その顔!」
「うひゃあ、ぞんびでち!」
「えっ、そんなにひどいのか?」
 見た所、リースは大した汚れでも無かったのだが、デュランは至近距離にいた分、もろに体液を被ってしまったのかも知れない。血塗れで英雄王に謁見するわけには行かない。今度は腕で顔全体を擦ったが、アンジェラ達はまだ恐ろしげな顔をしている。自棄になって、痛くなるまで擦ってみたが、それでも駄目だった。いよいよ不審に思って、ケヴィンを見ると、彼は首を振った。
「血、おちてる……」
 途端、アンジェラとシャルロットが噴き出して、けらけらと笑い出した。相当笑壷に嵌ったようで、腹を押さえて散々に哄笑している。単にからかわれただけだと理解し、デュランはむっつりしながら話題を変えた。
「お前達、無事だったか?」
 すると、シャルロットは一瞬体を強張らせ、笑みを引っ込めた。
「だいじょうぶ。はちしゃんに、さされてなんか、いまちぇんよ!」
 彼女はそう言い張ったが、アンジェラはますます調子付き、肩を揺らして笑った。笑い声の合間に、上擦った声で言う。
「この子ってばね、ビーにおしりをさされちゃったんですって!」
「わらいごとじゃありまちぇんよ! ほんとに、いたかったんでちから!」
 シャルロットが地団駄を踏んだ。そばにいたホークアイに守ってもらえば良いものを、今までの癖で、デュランに助けを求めたらしい。そしてギャルビーに追い付かれてしまい、敢え無く臀部を刺された。あまつさえ、転んでモールベアの穴に嵌ってしまったのに、誰も助けてくれなかったのだった。ホークアイ曰く、自ら塹壕に入ってくれたようなもので、却ってやりやすかったらしい。幸いに、シャルロットの負傷は軽微なもので済み、黒子のような痕が付いただけだった。アンジェラはそう話したが、本人が一生懸命遮ったせいで、実際見たのかどうかは分からずじまいだった。
 シャルロットは機嫌を損ねながらも、仲間の治療は怠らなかった。デュランの腹と背中の傷を始め、ビーの槍で斬られたり殴られたりした怪我を、一つ残らず丁寧に癒した。無傷だったケヴィンは、先程のモールベアを助けてやり、穴まで連れて行って逃がしていた。
「あんたしゃん、くびをけがしてまちよ」
 シャルロットがホークアイを見上げた。
「ああ、そういや、さっき斬られたんだっけ」
 ホークアイは事も無げに、首の辺りを掻いた。顎と首の境、丁度影になる所を斬られており、低い位置からでないと見えない傷だった。血が出ないくらいのちょっとした怪我だが、赤い糸で首を括ったようにも見え、そこはかとなく件の首切りビーを彷彿とさせる。デュランとリースは思わず、自分の首に手を当てた。
「なんだろ、あれ?」
 アンジェラが花畑を指差した。俯せに倒れたギャルビーの下、腹の辺りに、何やら光るものがあった。距離があるため、目の良いケヴィンにも正体は分からない。
「お宝かもしれないな。オレ、とってくるよ」
 ホークアイがちょっと唇を舐め、死骸に近寄った。流石に直接触る勇気は無く、足元の槍を拾い、脇から掬うようにして引き寄せた。上手い事転がり出てきた塊を拾い、ズボンで拭いた。
「いいものみっけ!」
 と、ホークアイははちみつドリンクを掲げて見せた。意気揚々と走って皆の所へ戻り、ビーの槍を放り捨てる。アンジェラの胡散気な視線に対し、瓶を指で弾いた。澄んだ良い音がした。
「食べられるの?」
「だいじょうぶ、中身は無事だよ」
 ビーの蜂蜜は一般的にも出回っている。琥珀色のとろみがかった蜜と、其処に閉じ込められた空気の泡がきらきらと光り、宝石のようだった。ホークアイは瓶の蓋を開け、中身を指で掬って舐めた。ドリンクと言うよりは蜂蜜そのものである。デュランとケヴィンも横から手を出し、人差し指に付けて舐めた。
「……うっ!」
 デュランが慌てて指を出した。
「な、なに!? やっぱり毒だった?」
 アンジェラが身構えた。口に神経を集中させ、デュランは深刻な顔で考え込んだが、すぐに心当たりが付いた。
「……いや、虫の味がしただけ。たぶんビーの血だな」
 そう冷静に判断し、ズボンで軽く指を拭いてから、再び蜂蜜を掬った。何だか泣きそうな顔のアンジェラに、蜂蜜で光る指を見せる。
「食わねえの?」
「あんたがへんな事言うからよ……」
「私、ふいてもらってよかった……」
 隣でリースが息をついた。そうして、娘達三人はなかなか手を出そうとしなかったが、シャルロットは金色の魅力に逆らえず、僅かに口元を開けていた。
「おいしいよ。食べてごらん」
 ホークアイは再度蜂蜜を掬い、シャルロットに指を差し出した。シャルロットは引き寄せられるようにそばへ寄り、指ごと口に含んだ。
「おいしいでち〜」
 新鮮な蜜は風味が良く、シャルロットは満足気に目を細めた。口をもごもごと動かし、付け根まで頬張られそうになったので、ホークアイは手を引いたが、シャルロットの顔も付いて来た。
「おいおい、オレの指はおいしくないぞ」
「うん? ……いがいと、いけるかも?」
 本気とも冗談とも付かぬ調子で返され、ホークアイは黙って指を引っこ抜いた。彼の事は放っておき、シャルロットは瓶を持つ手を引っ張って、今度は自分で蜂蜜を掬った。アンジェラとリースもついには観念し、皆で代わる代わる指を突っ込み、甘い蜂蜜を味わった。蓮華草の蜜はさらりとして、蜂蜜にしては淡白である。くどさが無く、幾らでも食べられそうだった。
「もっと、おちてまちぇんかね?」
 と、シャルロットはビーの槍を拾ったが、身の丈に余り過ぎて、持った方の片側だけが持ち上がった。そのまま引き摺ろうとしたが、槍に振り回されるようによろけてしまった。
「やめとけ。死者の骸を荒らすのは、騎士道精神に反する行いだ」
 デュランが窘めた。シャルロットは異国の言葉を聞いたように、彼を見詰めてまじくじした。
「ほえ? なんでちって?」
「騎士道精神!」
 デュランはえらそうに繰り返した。最強の剣士を志すならば、誰もが一度は通らんとする道である。
「騎士道をといた本には、こーんな分厚いのがあるんだぜ。お前も読むか?」
 そう言って、指で幅を作ってみせると、シャルロットは目を逸らし、俯いて人差し指を咥えた。彼女は本が読めない。汚れの件のちょっとした意趣返しだった。
「……あんたしゃん、ごほん、よめるんでちね」
「もちろん読めるさ。騎士の本とか、剣術の本とか、よくウェンディに読んでやったよ」
「へー、いがいと、いいお兄さんなのね」
 アンジェラが言った。蜂蜜はもう良いらしく、ハンカチで手を拭き、外した手袋を嵌め直した。
 デュランに妹がいる、と言う話を皮切りに、六人は互いの家族構成を話した。中には語るに忍びない事情を抱える者もいたが、互いに似たような境遇である事を知り、話していて辛いとは思わなかった。四方山話に興じながら、全員で舐めていたら、はちみつドリンクはあっと言う間に底を突いた。食べ終わっても、まだ人差し指に蜂蜜の味が残っているようで、一行は指を咥えながら歩いた。
 波打つ高地を、登っては下り、登っては下りを繰り返し、徐々に標高が上がって来た。眼前には相変わらず、草原の地平線と、其処から突き出たミスト山脈が見えるばかりである。蜂蜜で元気を取り戻したものの、こう先の見通しが立たないと、段々意気も下がって来る。随分明後日の方向に飛ばしてくれやがったと、デュランはボン・ボヤジを恨みながら、仲間達を先導して歩いた。引っ切り無しに雑談を交わしつつ、爪先上がりの草原を歩いていると、ふと緩やかな風が吹き抜け、高原の短い草を撫でて行った。
「気持ちいい風……」
 羽飾りと髪を揺らし、リースが目を閉じた。
「やさしくて、草のにおいがする。これがフォルセナの風なのね」
「いい風だな。フォルセナが近いんだろう」
 風が去り行くのを見送り、ホークアイもそう言った。春は新芽を包み込み、夏は大気を清涼に保ち、秋は色付く木の葉を枝から落とす、柔らかな風である。懐かしい感覚に、故郷が近付きつつある事を実感し、デュランは覚えず笑みを深めた。威勢を取り戻し、足取りも軽く進んで行くと、緑の地平線が徐々に引き、視界が開けた。ついにデュランは駆け出しながら、顧みて武器を振った。
「おい、みんな! こっちに来てみろ!」
「あ、待ってよー!」
 後ろのアンジェラが声を上げたが、デュランは待っていられず、一目散に丘の頂点まで走った。高みに辿り着き、一望する眼下には、デュランの故郷フォルセナがあった。堅牢な城壁に囲まれたフォルセナ城は、急峻たるミスト山脈を背負い、王の膝元に集うように町が形成されている。前方には黄金の街道が連綿と続き、その周囲を取り巻くように放牧地と畑が広がる。小麦の青々と伸びる季節で、小さな草むらのように見える麦畑が、風にそよいで波のようにさざめいた。遅れて、仲間達もデュランの元へ到着した。
「あれがフォルセナだ」
 デュランが真っ直ぐ指差した。遠目に窺う限りでは、煙などは上がっていず、争いの兆しは見られない。どうやら取り越し苦労だったようで、仲間達は安心して、眼前に臨む景色について言葉を交わした。
「いがいと、のどかな所なんだな」
 ホークアイは感心した風だった。剣士が集うにしては、安穏として草花に溢れた国である。デュランは其処が気に入っていた。
「花、いっぱい。きれいだね」
「やさしい風は、あの町から吹いているんですね」
 ケヴィンとリースも好意的な所感を述べた。随分な手間を要した分、辿り着いた達成感も一入で、平凡な町が桃源のように見えたのだった。
「……あー、つかれた! みんな、どんどん先にいっちゃうんだから!」
「みんな、ひどいでち……」
 ほうほうの体で、アンジェラとシャルロットが漸く負い付いた。荒い呼吸を整えながら、デュランの両隣に立ち、フォルセナの町を眺めやった。草原からの風が吹き上げ、二人の豊かな髪をふわふわと靡かせる。一頻り走って熱っぽくなった体には、涼やかで気持ちの良いものだった。
「あれが、ふぉるせなでちか?」
 シャルロットが指を差しながら、デュランを見上げた。
「ああ」
「おっきなおしろでちねえ。デュランしゃんのおうちは、どこでちょ?」
 シャルロットは機嫌を直し、目を凝らして観察を始めたが、草原と同じ色の瞳は、存外無感動に瞬いだ。
「ふーん……もっと、草原のまんなかにポツンとあるのかと思ってた」
「あの場所が、城の防衛にもっとも適しているんだ」
 アルテナは空中要塞を擁するそうだが、起伏の激しい高原と、大地の裂け目の断崖絶壁、切り立った山々と言う布陣を前に、着陸するのは至難の業だろう。本来ならば、皆に町の案内をしてやる所だが、今のデュランはフォルセナを離れた身である。特に家族には、目的も果たせずに戻った事を知られたく無い。泥棒のようにこそこそ隠れて動く、情け無い帰郷になりそうだが、やはり戻って来られる事は嬉しかった。アンジェラは暫くフォルセナを見下ろしていたが、やがて口元を綻ばせた。
「ステキな町だね。デュランの国だなって感じ」
「オレの国じゃねえぞ。英雄王様が治める国だ」
「そういう所はこまかいのよねえ」
 苦笑しながら、アンジェラは髪を掻き揚げ、そよぐ風に吹かれるままにした。デュランはもう少し眺めていたかったものの、膝を叩き、仲間に呼び掛けた。
「よし、あともう少しだ! 気合入れて行くぞ!」
「およよ、もういくの?」
「もうちょっと、休んでいきましょうよ」
 アンジェラとシャルロットは不賛成な声を上げたが、デュランは無視して歩き出した。後は下るばかりで、面倒な断崖を越える必要も無い。アンジェラがもどかしそうに、何度か小さく跳ねて見せたが、やはりデュランは意に介さなかった。
「行きましょ」
 リースが追い抜きざまに声を掛け、アンジェラも渋々歩き出す。シャルロットがのろのろと足を動かし、息をついていると、ホークアイが身を屈め、彼女と目線を合わせた。
「つかれちゃったなら、おんぶしてあげるよ」
「けっこうでち」
 と、シャルロットはそっぽを向き、表情を改めた。
「よち、ぜんそくぜんしんでち! ふぉるせなめざして、れっつご〜!」
 意気軒昂に拳を振り上げ、歩度を早めて歩き出した。精一杯の早足だが、すぐにホークアイは追い付いてしまい、一緒に歩いていた。足の速いケヴィンは、颯爽と先頭に並び、輝くような笑顔でデュランに話し掛けた。
「オイラ、走っていい?」
「ああ。じゃあ、フォルセナまで競争な!」
 言うなりデュランは駆け出した。下りなので勢いが付く。ケヴィンは出足が遅れたが、持ち前の俊敏さで、あっという間にデュランを追い抜いた。
「私、走らないからね!」
 アンジェラが高い声で叫んだ。しかし結局付き合う事にしたらしく、隣で歩調を合わせてくれるリースと一緒に、杖と槍とを抱えながら走り出した。もっと遅れて、シャルロットが懸命に走り、その後ろでホークアイが監督するように見守っている。彼は殆ど歩いているようなものである。そうして後ろに気を取られていたら、ケヴィンがどんどん小さくなってしまい、デュランは全速力で追い掛けた。

2016.5.2