サンプル2 殺陣

…………「さあ、行け!」
 悪魔神官が命じると、まかいじゅうを拘束していた鎖が外れ、霧のように消えてしまった。低いうなり声を上げ、前足で地面を掻きながら、二体が臨戦態勢を取る。アルス達四人も、迎撃の構えを取った。あの巨体を仕留めるのは苦労するだろう。分厚く堅い皮膚の下は、これまた分厚い脂肪の層で覆われており、斬り殺すのは難しい。アルスは太った大きい方を相手にすることにした。
「二人は、小さいほうを相手して。足止めしてくれるだけでいいから」
 と、メルビンとマリベルに頼んだ。
「足止めだけでいいのでござるか?」
 メルビンがにやりとした。アルスもちょっと笑って、ガボの方を向いた。
「ガボ、援護をたのむ」
「おう」
 そうと決まれば動くのは早い。前以て呪文を唱えていたマリベルが、小さな火球を呼び出し、小さいまかいじゅうにぶつけて注意を引いた。アルスとガボは太った方を相手にする。ガボが素早く敵の鼻先に躍り出て、相手が反応する前に、胸を膨らませて猛毒の霧を吐き出した。太ったまかいじゅうは毒を吸い込みながら、霧を振り払おうと頭を振った。猛毒を浴びせた。後は死ぬまで時間を稼げば良い。ガボがもう一体に毒を食らわせに行ったので、アルスは太った方を一人で足止めすることにした。大きなまかいじゅうは、苛立たしげに地面を掻き、頭を下げて駆け出した。頭突きをしようと迫って来た相手を、アルスは跳躍して躱し、頭部に登って右目を潰した。まかいじゅうが甲高く嘶き、大きく頭を擡げたのを、角にしがみ付いてやり過ごす。そのまま反対の目も潰そうとしたが、思い切り頭を振られて地面に落ちた。尻餅を突いて、体勢を立て直しているところに、まかいじゅうが両の前足を上げ、アルスに向かって叩き付けて来た。咄嗟にアルスは剣で受け止めた。衝撃で体が沈んだ。そのままどちらも張り合って引かず、じりじりと力比べを始める。潰されるほど弱くは無いが、押し切れるほど軽くない。かまいたちで切るか、雷撃で怯ませるか、アルスはちょっと迷った。
「まかせろ!」
 其処へガボが戻って来て、息を吸って気合を溜めた。乾坤一擲、素早く魔物の腹部へ潜り込み、腰を落として拳をぶち当てた。巨体が軽く宙を舞い、地響きを立てて地面に沈んだ。太ったまかいじゅうは痙攣しながらのたうち回り、胃液を嘔吐して垂れ流した。
「……かわいそうだな」
 ガボはそう言って、まかいじゅうの頭に近付き、死の呪いを唱えて鼻先に触れた。呪いは衰弱した体に染み渡り、まかいじゅうは目を閉じて動かなくなった。ガボが正拳突きを食らわせている間に、アルスは二体目を相手取っていた。毒が効いて弱っている上、メルビンとマリベルが痛めつけたようで、片方の角が根元から折り取られ、後ろ脚を引き摺り、体は焼け焦げている。こうなると、相手も死に物狂いで戦おうとする。まかいじゅうはメルビンを執拗に狙い、追い縋って、剣を持つ右腕に食らい付いた。死ぬまで離さないつもりである。
「こしゃくなっ」
 メルビンが抵抗し、剣で口内をずたずたに傷付けても、まかいじゅうは顎の力を緩めない。マリベルがライデインを唱え、雷撃で感電させると、牙はますます腕に食い込んだ。鮮血が滴り、骨が砕け、腕が千切れそうになっている。下手に呪文を使うと、メルビンまで巻き込みかねなかった。
「このっ、放しなさいよ!」
 焦れたマリベルは、杖でまかいじゅうを叩き始めた。まかいじゅうは嫌がって、首を左右に振った。すると、メルビンが振り回されて、ついに腕が千切れてしまった。尻餅を突きながら、メルビンが苦しげに呻き、マリベルが引きつった声を上げた。
「下がって」
 と、アルスが彼女を下がらせた。まかいじゅうが咀嚼しようと口を開けた瞬間、上下の牙を両手で掴んで、無理矢理口をこじ開けた。舌の上に血塗れの腕と剣が乗っている。
「かたじけない」
 メルビンは盾を持つ方の手で、素早く腕を取り返した。アルスは即座に手を離そうとしたが、逃げる前に、まかいじゅうが頭を上に向け、アルスを口に押し込んだ。上半身だけ口内に入り、腿から下が飛び出したから、両足を噛まれて切断された…………