サンプル3 おまけ短編(飯)
…………「ちょっと待ってて。パスタをゆでるから」
マリベルは立ち上がり、刺繍を片付けて、暖炉の方へ行った。アルスが帰るまで待ってくれていたらしい。彼女は湯を沸かしていた鍋にパスタを入れ、少し塩を加えて茹で始めた。しかして同じ火を使い、フライパンでパスタの具を温める。ガーリックの香ばしい匂いがした。アルスは特にするようなことも無かったから、ガボの隣の椅子に座り、マリベルが料理を作る様子を見ていることにした。
「今日、神さまんちにあそびに行ったんだ」
と、ガボが話を始めた。神さまの家は町の北側にある。神さまがアルスバーグで何をしているかと言うと、散歩をしたり、日光浴をしたり、読書をしたりしてのんびりと暮らしているらしい。ガボとマリベルは神さまの小さな家に上がり、アミットまんじゅうとアミットせんべいをお茶請けに、何でも無いような雑談を交わしたのだった。二人が言うには、神さまはその辺のおじいさんと大差無いらしい。偉大な存在ではあるが、気さくで親しみやすい人柄なので、アルスバーグの住人からは、ちょっと変わった老人として好かれているようだった。そんな話をしていると、パスタが茹で上がり、マリベルが綺麗に盛り付けをしてくれた。アンチョビと黒オリーブのパスタと、トマトのサラダである。飲み物としてミルクも一緒に出された。アルスとガボは皿を運ぶのを手伝って、三人で食卓に着いた。
「いただきます」
アルスはまずサラダを食べてみた。トマトと交互に並べられた白い塊は、水牛のミルクで作ったチーズらしい。もちもちとした弾力のある食感で、トマトと一緒に食べると、口の中がさっぱりして美味しかった。掛かっているオリーブ油のソースも絶妙な塩梅である。
「これ、おいしいね」
「でしょ」
アルスが褒めると、マリベルはにっこり笑った。エスタード島はあまり酪農が盛んでは無いため、水牛のチーズなど見たことが無い。マリベルも全く知らない食べ物だったから、酪農家に食べ方を聞いて来たそうだった。二人は神さまの家に行った後、牧場で遊んで来たらしい。ガボは勿論のこと、マリベルも動物が好きなので、牛や馬にブラシを掛けたり、にわとりを抱いたり、乗馬をしたりして楽しんだのだった。
「やっぱ、ウシってかわいいよなあ」
ガボが牛を思い出しながら言った。ガボはパスタをフォークでぐるぐる巻きにして食べる。マリベルは殆ど巻かないが、麺をぶらぶらと垂れ下がらせるようなことはせず、不思議と綺麗に食べてしまうのだった。パスタは油とアンチョビをたっぷり使って、割合濃い目の味付けになっていた。アルスは少々辛いものが苦手なので、唐辛子は申し訳程度にしか入っていない。マリベルには子供の舌だと言われるが、苦手なものは仕方無いのだった。
「なあ、マリベル。明日の朝もアンチョビサンドか?」
ミルクを飲みながら、ガボが聞いた。
「そうよ。いや?」
「いやじゃないよ。オイラ、アルスみたいに、アンチョビサンドを食べて仕事に行きたかったんだ」
口の周りを真っ白にして、舌で舐めとりながら、ガボは無邪気なことを言った。木こりの家では、朝食として、パンとヤギのミルクか、或いは炒り卵のサンドイッチなどを食べる。木こりはあまり料理が上手では無いので、アンチョビと言う洒落た代物は作らないのだった。
「アンチョビなんてカンタンよ。アルスにだって作れるわ」
マリベルはそう言って、木こりのおじさんにアンチョビのレシピを教えてあげると約束した。彼女のレシピは、マーレ母さん直伝のものなので、アルスとガボの大好きな味である。
「オイラんちでも、アンチョビサンドが食えるのか……」
ガボは木こりの家での朝食を想像し、嬉しそうに口元を緩ませた…………