三

 ギュスターヴとケルヴィンは、ハン・ノヴァの会議室で人を待っていた。相手が失礼したわけで無く、二人が来るのが早すぎた。模擬戦と言う名の憂さ晴らしに興じたギュスターヴは、兵隊を悉く打ち負かした挙句、制止に入ったケルヴィンや将軍にまで相手をさせた。最終的に、軍備を根刮ぎぶち壊すつもりかと、将軍から雷を落とされ、視察は早々に切り上げられた。それで時間が余ったのだった。暇な時間は戦術の討論で潰すことにした。ケルヴィンは性格通り不器用と言うか、なるたけ平地を選んで正面からぶつかりたがるきらいがある。正々堂々は勝手だが、そればかりでは死傷が増える一方だから、時には奇襲や迂回で敵の気勢を殺いで退けるべきなのだと、ギュスターヴはバケットヒルを例に挙げて論駁した。考えてみれば、ケルヴィンは今まで大部隊の指揮を執った経験が無いのだった。
 話が一段落したところで、ギュスターヴは思い出したように言った。
「マリーの輿入れが決まった。日取りを決めたいんだが、いつが良いと思う?」
「それを何故私に聞く? お前とマリー様の都合じゃないか」
「自分で決めなくてどうするんだ」
「どうして私が決める必要がある?」
 ケルヴィンが怪訝な顔をした。まさか妹と不仲にでもなったのだろうかと、ギュスターヴは危殆を抱く。
「お前の言っている事が分からん。そもそも、相手は誰なんだ?」
「誰だって、お前だ。ケルヴィン」
 そう言えば伝えていなかったことを思い出した。てっきりレスリー達が話題にして、何と無しに承知していると決め込んでいたのである。ケルヴィンは呆れたやら怒ったやら、全くお前は性急過ぎると始まって、くだくだしく小言が続いた。馬耳東風のギュスターヴは、無愛想のくせに怒るのばかりは達者なんだ、とつくづく思っていた。
 ケルヴィンは生まれつきから、ギュスターヴとは何もかも正反対だった。恵まれていて優等で、その身は領地領民のためにあると負っている。だから、ギュスターヴにもフィニー嫡子としての責務を果たせと発破をかけて来たのだ。ところがギュスターヴはまるで違う。どうせ廃嫡された身で、フィニーの件は力を試すに誂え向きな踏み台だったに過ぎない。ハンとて、もしも自分がこの町の妨げになると言うならば、緩急迫れば手放すのも躊躇しない程度の執着である。肝心なのは人民が平等に安らかに生きることで、其処に自分が不要だと言うのなら致し方無いのだと思っていた。彼にはケルヴィンの強い責任感と自負心が理解出来ず、ケルヴィンは劣等感と向上心を糾う彼の気持ちを汲み取ることが出来ない。分からずとも、否定はしない。だからこそ、足掛け二十年に及ぶ親交が続いて来た。ケルヴィンは誠実ゆえに手緩い男だが、それが冷徹なギュスターヴを諌めて丁度良い。きっとマリーは幸せになるだろう。可愛い妹は、親の愛情も碌々知らぬまま、フィリップと共に寂しい幼年時代を送ったのだ。ギュスターヴのせいで。
「まさか、マリー様にも知らせていないんじゃ無いだろうな」
 小言が途絶えた。知らず視線を落としていたことに心付き、ギュスターヴは顔を上げた。聞き逃した。いつものことなので、相手は根気良く問い質して来る。
「マリー様にこのことを伝えてあるのか」
「そう言えば、まだだな」
 ケルヴィンがいよいよ眉間を押さえた。流石のギュスターヴもちょっと罪悪感を持った。
「悪かったと思ってるよ。マリーには、後で伝えておく」
「いい。マリー様には私から申し込む。人に任せておいては面目が立たん」
 親友はそう言って、きっぱり居住まいを正した。長年ギュスターヴに付き合わされて来ただけあって、青天の霹靂にもさっぱり腹を括った。これでギュスターヴも一安心である。もしもこの男が引き受けてくれなかったら、マリーはこれ以上煩わせず、ずっと自分の元で世話をするつもりだったから、喜ぶ反面うら寂しい心持ちがした。ヤーデに譲ってしまえば、また妹に会えなくなってしまうのだった。
 卒然と婚約が決まってしまった男は、大して嬉しそうな素振りも見せず、次なる課題に移った。
「それはそうと、レスリーは私の侍女だろう。ヤーデに連れて帰ることになるが、構わないか」
「彼女に聞けばいい」
 ケルヴィンはそれ以上言及しなかった。ただ座った目で相手を一瞥したのみである。ギュスターヴが無視を決め込むと、彼は剣突を畳み掛けた。
「ギュスターヴ、お前もいい加減身を固めたらどうなんだ」
「一人になんか決められるものか」
 基本的に美人が好きで、来るもの拒まずのギュスターヴは、その代わり去るものも追わない。そんな不行状を白眼視していたケルヴィンは、ただ一人に惚れ込んで筋を通した。こう言う面も正反対だった。ケルヴィンは尚も食い下がろうとしたが、其処にハンの建築士が登場して、結局話はお座なりになってしまった。町全体を歓楽街にし始めたとんでもない城主達のせいで、報告はお目付役を伴わねばならないのである。
 思い立ったら行動が早い。その後ケルヴィンはナ国に参上し、十三世の命を担保にやっとショウ王の許しを得た。次にマリーだが、彼女はなかなか首を縦には振らなかった。しかし、ギュスターヴ持ち前の強引さとケルヴィンの真摯な熱意、宮の人々に後押しされる形で、最後には申し込みを受け入れた。その頃には輿入れの支度もすっかり出来上がっていた。爾来、美しく仲睦まじい夫婦の噂は、海を越えた先より聞こえるようになったのである。
 相変わらずギュスターヴはふらふらしている。そばにいて欲しい女性もいないことは無いが、近付くとかわしてくる猫のような性格で、今一つ本心が掴めない。それに彼女の言った通り、自分に関わらせると深みに引きずり込んで行くような気がする。何処か遠くで幸せになって欲しいと願う反面、報せが無いのを当然と思っていた。