三
昼間遊び通しだったせいで、六人とも疲れてしまい、日が沈むなり部屋に戻り、明日に備えて早く寝る事にした。人気者のカールは、ケヴィンとシャルロットの間で引っ張りだこになったものの、今夜はケヴィンの所、明日の晩はシャルロットの所に行く事で決着が付いた。果たせるかな、ケヴィンとカールが寝るにはベッドが窮屈で、折り重なるようにひっ付いていたが、本人達はそれでも満足したらしい。男三人と狼一匹で天井を眺めつつ、互いの近況を話したり何なりしている内、誰からとも無く寝付いてしまった。
夜半、ホークアイは何かごそつく音に気が付いた。布団に埋まったまま、薄目でそちらを窺うと、ケヴィンが起きて身支度を整えているのが見えた。足元にはカールがいて、待ち切れぬように周囲をうろついており、夜の散歩にでも繰り出すようである。わざわざ声を掛けて、支度の邪魔をする必要も無さそうで、ホークアイは呼び止めずに放って置く事にした。出掛けに、獣人の少年は戸口で足を止め、半ば掠れたような小さな声で、行って来ると挨拶して出た。心の内で挨拶を返し、ホークアイも再び寝に入る。大して眠らない内、再び物音がして目が覚めた。もう一人が起き出したのだった。
「やい、ホークアイ。起きてるか?」
出し抜けに、デュランがそう言った。
「寝てる」
「よし。起きてるな」
ついさっきまで寝ていたとは思えない威勢の良さだった。ホークアイも観念して身を起こし、軽く体を伸ばした。明るい夜で、窓から矩形の光が差し込んでおり、寝惚け眼にも辺りの様子がはっきり窺える。二人の間、ケヴィンとカールが寝ている筈のベッドは、今やもぬけの殻だった。いつもの癖で頭を掻きながら、デュランが扉の方を見やった。
「あいつら、ちっとも戻って来ないぞ。どうしたんだろ」
「そっとしておきなよ。昼間言ってたろ、カールに狩り教えてるんだとさ」
まだ眠いホークアイは、適当にそう答えた。デュランは怪訝な顔をしている。
「それにしたって、こんな夜更けに出かけるもんか?」
「ケヴィンは獣人なんだぜ。夜の方が動きやすいんだろ」
この月夜である。ホークアイですら十分に夜目が効くのだから、ケヴィンやカールにとっては昼日中と変わらないのだろう。しかしデュランはそう思わなかったらしく、着替えて布団を抜け出し、窓際に立って周囲の様子を窺い始めた。この傭兵には時々野生の勘のようなものが冴える。何とも言わなかったが、次第にホークアイも剣呑な気がして来、上着を手繰り寄せて頭から被り、きちんと帯で留めた。ついでにデュランの兜も取ってやり、そちらに放り投げて渡した。ホークアイが髪留めを巻いていると、何処からか遠吠えが聞こえて来た。耳慣れたケヴィンの声だった。ややあって、か細い遠吠えが二度続く。確かカールの声だった。デュランが今いる窓際と逆の、北を指した。
「あっちだ。遠いな」
「……オレ、犬じゃないからよく分かんないけどさ、ちょっと様子がおかしいよな」
犬や狼に詳しくないホークアイでさえ、尋常では無い声だとは分かった。デュランも頷く。
「ああ。何かあったのかも知れん」
「魔物にでも出くわしたんだろうか。ケヴィン、どこに行くか言ってたっけ?」
「どうだろ。他のみんなに聞いてみねえと……」
装備を整えている間、細い方の鳴き声が幾度か聞こえ、掻き消すようにケヴィンの遠吠えが響く。物静かな性格のケヴィンは、無暗と吠えるようなことはしない。カールも静かな狼で、二人が何事も無く一緒にいるのであれば、こうまで鳴かない筈だった。
「すみません。起きてますか?」
扉の方から、囁くようなリースの声がした。部屋の向こうには他にもひそひそ声がある。返事もそこそこ、ホークアイが飛んで行き、扉を開けて出迎えた。案の定アンジェラとシャルロットもいた。リースは羽根飾りを付けておらず、ランタンと一緒に手に持っている。手元は素手のままだし、余程慌てて出て来たらしい。眠気と心配とで、三人ともしょぼくれた顔をしていた。
「どうしたんだい、お揃いで」
「さっきの遠吠え、聞きましたよね。ケヴィンとカールに何かあったようなんです」
と、ホークアイの言葉に被せるようにリースが言った。隣のアンジェラは気怠そうに目を擦っている。
「ケヴィンなら心配いらないって言ってるのにさ……シャルロットがしつこくって」
「だって、さっきの、ただごとじゃありまちぇんよ。カール、わるものにさらわれちゃったのかも……」
シャルロットは半泣きの体だった。アンジェラは欠伸を手で押さえ、適当な返事をする。
「悪者なんかどこにいるのよ。私達がみーんなやっつけちゃったじゃない」
口々に喋り出した娘達を宥め賺し、ホークアイはひとまず彼女らを室内へと招き入れた。神殿の修道士達を起こさぬよう、扉を閉め切ってしまい、声を低めて相談する。最後にケヴィンが一つ鳴いたきり、遠吠えは止んでいた。
「あいつら、どこにいるんだ?」
デュランも戸口の方に来た。問い掛けにはアンジェラが、首を傾げながら答える。
「たぶん、ラビの森じゃないかなあ。いつもウサギをつかまえる練習してるって、言ってたよ」
「ラビの森か。声もそっちの方から聞こえたし、まちがいない」
言うなり、デュランは自分のベッドへ戻り、急いで身支度に掛かった。
「カール、らびのもりで、もんすたーにたべられちゃったのかも……」
「だいじょうぶだよ。ケヴィンがついてるんだから、心配いらないって」
ホークアイはちょっと屈んで、すっかり狼狽したシャルロットを宥めた。しかしながら、肝心のケヴィンとはぐれたらしいから問題なのだった。ラビやきのこに食べられる事は無いだろうが、思わぬ災難に遭っているかも知れなかった。
「だが、森で迷子になってたら困るよな。少し様子を見てこようか」
ホークアイがそう言うと、忽ちシャルロットが目を輝かせた。
「それなら、いそいでいきまちょ! カールをたすけなきゃ」
勇んで帽子を被り直し、シャルロットはドアに突撃した。盛大な音がした。暗かったせいで取っ手を掴み損ね、閉じた扉に体当たりしたのだった。扉に弾き飛ばされ、倒れた彼女をアンジェラが受け止める。
「ちょっと、静かにしなさいよ。神殿の人が起きちゃうじゃない」
「でも、とびら、ひらきまちぇん……」
シャルロットは良く分からない事を言った。
「だいじょうぶ、ちゃんと開きますよ」
と、リースが扉を僅かに開いて見せた。すかさず飛び出しそうになったシャルロットを、アンジェラが捕まえて、じたばたする彼女をどうにか連れ戻した。
「あんた、ちょっと落ちついた方がいいわよ。……ほら、靴はいて」
今まで誰も気付かなかったが、シャルロットは裸足で歩いていた。アンジェラとリースが、暴れるシャルロットを二人掛かりで静まらせ、小さな靴を履かせて、そうこうする内に彼女らの支度は済んだらしい。軽装のホークアイも手早く終わったが、最後の一人は未だに奥でじたばたしていた。リースが羽根飾りを撫で付けながら、周囲を見回した。
「みなさん、用意はいいですか?」
「ちょっと待った!」
じたばたしているデュランが答えた。
「早くしなさいよね」
アンジェラは嘆息して、嫌がる傭兵を窓の方へ押しやり、鎧のベルトを締めるのを手伝い始めた。その間に、リースがベッドの脇の小机を借り、神殿の人達へ書き置きを認める。ホークアイはガーブのマントを羽織って行くか迷ったが、仲間から姿が見えなくなっては困るから、やめた。続いて二振りの得物を腰に括っていると、着付けの終わったらしいデュランが、不機嫌そうな顔で武器を取った。しかし、盾は置き去りのままだったので、其処に気が付いたホークアイが知らせた。
「おーい、盾忘れてるぞ」
「おいてく。血なまぐさくて持ってられん」
魚を入れるのに使ったせいで、生臭い体液が内側に染み付いてしまい、午後いっぱい流水に晒し続けても落ちなかったらしい。アンジェラが手袋を嵌めながら、肩越しに覗き込んだ。
「あれだけ洗って、まだ落ちてなかったの?」
「裏っかわを張りかえるしかなさそうだ。あーあ、またおばさんに怒られちまうよ……」
ぶつくさ言いながら盾を爪先で小突き、デュランは空のランタンを引き寄せた。それから、顧みてリースを呼ぶ。
「リース、悪い、ちょっとそれ貸して」
「はい」
手招きされ、リースがそちらへランタンを持って行った。蝋燭の火を分けてやり、灯りが二つに増やされた。アンジェラは入り口の方に戻り、ばたばたと扇ぐように動くドアを手で押さえた。シャルロットが手持ち無沙汰に開けたり閉めたりしているのだった。
「シャルロット、扉バタバタしないでよ」
「だって、みんなおそいんだもん」
シャルロットが地団太を踏む間に、全員の支度も漸く済んだ。ホークアイが殿を務め、忘れ物は無いか再三確認し、部屋を出る前に仲間へ声を掛けた。
「みんな、準備はいいかい?」
「カールをたすけにれっつごー!」
シャルロットが拳を突き上げた。そうして威勢良く出発したものの、神殿の中は寝静まっているので、全員足音を忍ばせて外に出た。
月は南の空に高く昇っており、どうやら時刻は深更のようだった。こんな夜なら獣達の血が騒いで仕方無いだろうに、辺りは普段通りの寂寞を保っている。五人の狼捜索隊は、静まり返ったウェンデルの町を通りすがり、足元に気を付けながら、滝の洞窟までやって来た。
ホークアイはリースを手招きし、ランタンを掲げて貰い、洞窟に光を差し込ませた。内部の様子は良く分からないものの、火の揺らめきに反響するように、天井に幾つもの粒々が瞬いている事は確認出来た。どうしましょうとばかり首を傾げるアマゾネスに、ホークアイも肩を竦めて返す。後からデュランも来て、中を照らして思わずのけぞった。
「おわ、なんてこったい!」
「おふたりさんは、湖を泳いで渡ったようだな」
ホークアイは中を刺激せぬよう、小さな声で言った。
「どうするよ、これ?」
と言いながら、デュランはアンジェラを手で遮り、中に入れないようにした。そう聞かれても、ホークアイは何とも答えあぐねた。
「どうするもこうするも、なあ……」
「なになに? どーくつ、はいらないんでちか? はやくいきまちょ」
フレイルを振り振り踏み込もうとするシャルロットを、アンジェラが捕まえて引き戻した。むくれたシャルロットに、屈んで目線を合わせ、洞窟を指差す。
「シャルロット。天井に光ってる青いやつ、わかる? あれ、全部バットムの目よ」
「いっ!」
シャルロットが絶句した。途端に息を詰め、ぎこちなく後退りしつつ、アンジェラの腰のひらひらした布を引っ張る。
「……どーくつ、はいるんでちか? やめときまちぇん? いそがばまわれって、いうでちょ」
「とは言え、泳ぐわけにもいかないだろ。虎穴に入らずんばラビを得ずってヤツだね」
と、ホークアイが振ると、リースは真剣な顔で頷いた。
「やむを得ませんね。デュランさん、シャルロットをお願いします」
「りょーかい。これ頼むわ」
言うなりデュランは剣を仕舞い、アンジェラにランタンを押し付けた。続いて、シャルロットの足を払うようにして掬い上げ、横抱きにして持ち上げた。いきなりのことに、暴れて落ちそうになったシャルロットを、揺すり上げて安定させる。抱えられた方は、魚のようにもがいていた。
「はなすでち! れでぇになにするんでちか!?」
「しょうがねえだろ。おまえ足遅いんだから」
デュランはうるさそうに肩を竦めた。
「なにをっ! シャルロットはかぜのよーにシュンビンでち!」
「シュンビンが聞いて呆れるぜ。いいから、じっとしてな」
等閑にいなしながら、彼はホークアイ達に合図を送った。深刻な様子に、シャルロットの威勢も段々と萎んでしまった。大人しく縮こまり、助けを求めるようにアンジェラを見やるも、アンジェラも真剣な顔で杖を構えていた。シャルロットはますます身を小さくした。
「……なんだか、いや〜なよかんがしてきまちた……」
「カールを助けるんでしょ。ちょっとぐらいガマンしようよ」
アンジェラにそう言われると、シャルロットははたと心付き、胸元でフレイルを握り締めた。
「よち、カールのためなら、ぜんしんあるのみでち!」
「その調子。ま、ちょっと痛い目見るだけさ」
ホークアイも、友達のためなら火の中水の中のつもりだった。そばで騒いだせいか、一層数を増して来た青い粒を見上げ、いよいよ覚悟を決める。リースが槍を携え、凛然と歩み出た。
「私が先に行くわ」
「気をつけて。オレはしんがり見てるから」
ホークアイが後ろを受け持つと、彼女は顧みて少し笑った。
「ええ、おねがいね」
他の仲間を見回しても、皆態勢は既に整っているようだった。
「それじゃあみんな、迷子にならないようにな」
ホークアイがそう言ったのを皮切りに、リースが先陣を切った。洞窟に入った途端、絹を裂くような鳴き声が響き渡った。リースが槍でバットムを振り払い、道を切り開きながら進むのを、デュランが身を低めて追従する。続くアンジェラの背を守るように、ホークアイは殿を務める事にしたのだが、背後からは蝙蝠が頭をかじり、前からは受け流された蝙蝠が足をかじりで散々だった。敵を片手で凌ぎつつ、もう一方の手で懐を漁り、小さな油壺を出す。見返り様に壺を投げ付け、割れた所に火種を放った。背後で大きな火柱が上がった。一瞬周囲が赤く染め抜かれ、追撃の手は緩んだものの、依然前方からはバットムがやって来る。面倒だから一気に焼き払ってしまいたいが、前に火を放てば仲間もろとも酷い目に遭ってしまう。ホークアイは前から来るバットムに叩かれながら、なし崩しに叩き落として行った。
洞窟を抜けた頃には、一同ほうほうの体だった。外まで追いすがるバットムを斬り捨て、後続が無いのを確認すると、漸くホークアイも息をついた。刀身に翼らしき破片が刺さっているのを見、剥がして捨て、強か小突かれた後頭部をさすった。今の自分達にはバットムなど雑魚のようなものだが、この数で叩かれると流石に痛い。隣を見やると、リースもランタンを置き、全く同じ事をしていた。彼女は苦笑いで髪を払った後、滝の音に掻き消されぬよう、心持ち高い声で呼び掛けた。
「みなさん、ケガはありませんか?」
「だいじょうぶ……」
弱々しい返事があった。ホークアイも肩を竦めて応じる。
「とりあえず、迷子がでなくてよかったね」
光の司祭が平癒し、ウェンデルへの巡礼者が戻って来たお陰で、洞窟のバットムも食料に困らなくなったらしい。マナの変動による凶暴化が落ち着き、人の肉を食べなくなった代わり、バットムは動物の血を吸う。五人の血も格好の養分になったのだった。真っ暗闇の中にいたせいか、殊の他明るく感じる周囲を見回すと、アンジェラも頭を撫でさすっているのが見えた。デュランは抱えた荷物があるので、触りたくとも手が空かないらしい。
「まったくもう、頭がおバカになったらどうしてくれるのかしら!」
「やり返せねえのはハラ立つなあ……」
しかし何匹かは蹴っ飛ばしてやったと、デュランは誇らしげにした。その手元で、シャルロットは目と耳を塞いだまま、小さく縮こまっていた。デュランが軽く揺すり上げると、彼女はまじくじして周囲を見回した。
「もういいぜ。立てるか?」
「まだ、みみがきんきんしてまち……」
シャルロットがぶるぶると頭を振った。
「怖かったでしょう。ケガはない?」
リースに優しく声を掛けられ、シャルロットは頷いた。
「デュランしゃんが、みをてーしてかばってくれまちた。きしのカガミでち」
「当然の務めってやつだ」
と、デュランがちょっと笑った。シャルロットもにっこりした。
「ありがとしゃん」
其処で、ようやっとシャルロットを地面に下ろし、デュランは再び剣を抜いた。開いた方の手で、アンジェラからランタンを受け取り、周囲の顔を見やった。
「で、どうするよ」
「まずはケヴィンを探そうぜ。いまごろ、一人でオロオロしてるにちがいないよ」
ホークアイが提案すると、リースが眉を顰めた。
「かわいそうに……」
「二手に分かれて探すかい? その方が、早く見つかるかもよ」
ホークアイがまた言った。
「なら、集まる時の合図を決めましょうよ。何にもなしじゃ、迷子になっちゃうもん」
と、アンジェラ。ホークアイは懐を漁り、忍術の道具を検めたが、生憎、合図になりそうなものは持ち合わせていなかった。
「雷神の術じゃ、森が火事になっちゃうよな」
目印になるほどの勢いで雷神を使えば、木が焼け焦げて大変なことになるだろう。火遁の術も同様だった。
「ぴーひゃら笛と、風の太鼓ならあるけど……」
デュランが笛を取り出し、試しに軽く吹き鳴らした。滝の飛沫に掻き消されるような、頼り無い音が響いた。風の太鼓は言うに及ばず、試しに鳴らしてみても、滝のそばでは耳の良いフラミーさえ聞きつけられない有様だった。
「だめだこりゃ」
思わずホークアイが言うと、他の皆も口々に言った。
「だめみたいですね……」
「ぜんぜん、きこえまちぇん」
「そんな笛、捨てちゃいなさいよ」
四方八方から苦情が出たが、デュランは投げ捨てようとはせず、笛を荷物入れにきちんと仕舞った。
「フォルセナの秘宝なんだぜ、こんなでも」
デュランにとっては、英雄王から賜った大切な宝物なのだった。他に案を考えようにも、狼のように、遠吠えで知らせるわけにも行くまいし、この鬱蒼とした森では狼煙の類も遮られてしまう。取り敢えず、滝のそばにいると水が掛かって寒々しいので、六人で固まって探し始めた。暖かい季節とは言え、夜の空気は肌寒く、足元の夜露が靴に染みた。
ケヴィンの名前を呼びながら、ジャドに通じる道を歩いていると、遠くの木陰ががさついた。全員が一斉に武器を構える。物音は一目散に近付いて来、白い影が姿を現した。
「みんな、オイラだよ、オイラ!」
唸るような低い声がし、慌てた様子の獣人が飛び出した。ふさふさした体毛のゴールデンウルフの姿だが、紛う事無きケヴィンである。それと分かった途端、仲間達が挙って彼を取り囲み、事情を聞き出そうと掛かるも、全員がいっぺんに喋るので要領を得なかった。詰め寄られたケヴィンの方も、気が動転して目を白黒させていた。
「みなさん、おちついて……まずはケヴィンの話を聞いてみましょ」
騒ぐ一同をリースが宥め、槍を置き、ハンカチを出してケヴィンの頭を拭き始めた。ケヴィンは濡れている事を今思い出したようだった。
「ありがとう」
礼を言うなり、ケヴィンは思い切り体を振るわせた。周囲に水飛沫が飛び散ったが、誰も気にする余裕は無く、相変わらず彼を取り囲む。リースはちょっと背伸びをして、引き続き獣人のたてがみを拭いた。
「何があったの? カールは一緒じゃないの?」
「カール、いなくなっちまった……」
其処でケヴィンも落ち着きを取り戻し、詳しい事情を話してくれた。彼とカールはアストリア湖を泳ぎ、森の南東に上陸した。しかして濡れた体を乾かすため、ケヴィンが女神像のそばで火を熾している内、カールの姿が何処にも見当たらなくなってしまったらしい。始めはカールが不安がって鳴き、遠吠えにも応じる声があったから、ケヴィンも後を追い掛ける事が出来たのだが、じきに返事さえも途絶えてしまったのだった。皆がウェンデルにて聞いた鳴き声は、やはり迷子になったカールが助けを呼ぶ声なのだった。
「かわいそうなカール……。きっといまごろ、シャルロットのたすけをまってるんでち」
シャルロットが目をうるうるさせた。泳いで来たと言うことは、今頃カールもずぶ濡れなのだろう。この涼しい初夏の夜に、濡れて独りぼっちとなると、さぞかし心細いことだろう。
「女神像のところで待ってれば、カールももどってこないかしら?」
アンジェラがそう言った。
「……でも、女神像のとこで、ずーっと待ってられるか?」
デュランがそう言うと、アンジェラはちょっと考えた挙句、反論しなかった。この六人の性格からして、一所で大人しく待っているよりは、探しに出た方がずっと気が楽なのである。
「……やっぱり、探しに行ったほうがよさそうですね」
リースも同意したので、六人は再びカールを探しに出る事になった。ラビの森は大した脅威も無く、小さなコロボックルが住むほど平和であるが、広く鬱蒼として捜索には向かないだろう。それでも仲間がいると言うのは心強いものだった。